2014-01-01から1年間の記事一覧

試されるのは

橋川文三『昭和維新試論』(講談社学術文庫、2013年、親本は1984年、初出は1970年から73年)です。 19世紀末からの日本の国家主義的思想の流れを追ったもので、中断がなければ、敗戦までいったのではないかと思うのですが、結果的には1920年代のおわりごろま…

意識過剰

矢澤高太郎さんの『天皇陵』(中公選書、2012年)です。 現在の天皇陵古墳のあてはめをめぐる問題点をあげ、さらにはそうした当局の姿勢だけでなく、学界の現状に対しても、今のままではかりに発掘が可能になってもよいことはないので、もっと日本社会全体が…

地の利

須賀田省一さんの『野田の文学・野田争議』(野田文学会)です。 野田争議というのは、1928年にあった、千葉県野田のキッコーマン醤油の会社で起きた大争議で、当時は浜松の日本楽器と並んで話題になったものだそうです。 この争議について書かれた文章を探…

視野

網野善彦、鶴見俊輔対談、『歴史の話』(朝日新聞社、1994年)です。 二人の話題の豊富なことは、言うまでもないことですが、いろいろと示唆に富む話もあります。日本の植民地支配は、どこにいっても稲作と神社がついてまわったことなど、やはりきちんとおさ…

動くとこたえる

鶴岡征雄さんの『私の出会った作家たち』(本の泉社)です。 鶴岡さんが、リアリズム研究会から民主主義文学同盟の結成、その後の動きに関して、当時事務局員だったときの回想を主としています。文学運動の歴史にかんする回想記としては、ずっと昔に、窪田精…

蛇足とまではいわないが

佐多稲子『樹影』(講談社文芸文庫、1988年、親本は1972年)です。 長崎を舞台にして、被爆者の画家と、彼を愛する華僑女性との交流を描く作品です。もちろん、画家には妻子がいるのですから、女性との関係は、公然とはできないけれど、誰もが知っているとい…

今も昔も

ドナルド・キーンさんの『百代の過客』(金関寿夫訳、朝日選書、1984年)です。 平安時代から江戸時代までの日本人の書いた(和文、漢文は問わず)日記・紀行を材料にして論じたものです。有名どころのものもあれば、ほとんど誰も読まないような文を取り上げ…

土壌

宇津井健さん、蟹江敬三さんと、有名な役者さんが亡くなられました。この世代の役者さんは、多くが新劇の劇団から映画やテレビに進出していったのだという印象があります。 けれども、最近のひとたちはどうでしょうか。新劇の世界も、それだけでやっていくの…

アンソロジーの多様さ

筑摩の現代日本文学大系の『現代名作集一』(1973年)です。 明治23年の宮崎湖処子「帰省」から昭和20年の渋川驍「柴笛詩集」までの、ひとりでは文学全集の巻を占めるには少し足りないと判断された作家たちの作品が、一人一作収められています。 文章も文語…

格差の承認

宜野座菜央見さんの『モダン・ライフと戦争』(吉川弘文館、2013年)です。 1930年代の日本映画を材料にして、当時の社会が映画にどのように反映しているのかをさぐります。ですから、内容の批評というより、そこにあらわれる当時の格差社会の実像をみている…

逆効果

一部ネット上の報道なので、真偽のほどは定かではないのですが、一部韓国紙が、ソメイヨシノは済州島原産だといっているとか。 ソメイが東京の巣鴨、染井の地名から出ているように、江戸時代に品種改良で生み出された一代雑種であることは周知の事実だと思っ…

あてはめる

水谷千秋さんの『継体天皇と朝鮮半島の謎』(文春新書、2013年)です。 継体天皇の出自を、近江国に求め、そこにある古墳の被葬者を系譜にてらしあわせながら考えていく方法をとっています。著者は文献史学のひとですから、考古学の成果を借用するというかた…

まだまだあるのに

石黒米治郎さんが亡くなられたそうです。 戦後、労働組合運動が活発になったときに、組合が文化サークルをつくることがよくありました。その中には文学のサークルもあり、そこで生まれた書き手が、新日本文学会などに参加して、文学運動の担い手になることも…

残し方

高瀬毅さんの『ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」』(文春文庫、2013年、親本は2009年)です。 被爆遺跡になる可能性のあった浦上天主堂が、どういうことで再建のみちをすすんだか、その結果遺構が失われてしまったいきさつを追ったものです。 長崎の…

基本から

太田秀さんの『くすりの常識』(国民文庫、1979年、文庫書き下ろし)です。 当時、国民文庫は、《現代の教養》シリーズとして、こうした啓蒙的な本を出していました。新書にしないで、既存のブランドである国民文庫をつかったのでしょう。 医薬品とはどうい…

王道楽土

佐多稲子『重き流れに』(講談社、1970年)です。 日露戦争直後に満洲に渡り、満鉄社員からはじまってその後満州の産業にかかわった男性の妻を主人公にした長編作品です。約40年間の満州での生活のなかで、主人公は夫の仕事につきながらも、子育てをし、夫の…

玄人ということ

『右遠俊郎文学論集成』(新船海三郎編・発行)です。 昨年亡くなられた右遠さんの単行本未収録の評論などを集めたものです。主として『民主文学』掲載のものが多いのですが、それ以外にもさまざまな紙誌に掲載されたものもあります。 文学における専門性と…

先取り

桐生悠々『畜生道の地球』(中公文庫、1989年、親本は1952年)です。 1933年の「関東防空大演習を嗤う」をはじめとして、1930年代に彼が刊行していた雑誌『他山の石』に載せたコラムを集めたものです。 防空演習が必要になるとは、「敵」の飛行機が東京を襲…

かつがれる

森茂暁さんの『闇の歴史、後南朝』(角川ソフィア文庫、2013年、親本は1997年)です。 南北朝が合一したあとの、南朝の末裔たちの動きを追ったものです。たしか、むかし花田清輝が「室町小説集」という作品のなかで、この後南朝にふれていたと思いますが、そ…

ふたまわり

『東学農民戦争と日本』(中塚明、井上勝生、朴孟洙、高文研、2013年)です。 日清戦争の口実にされた東学農民軍を、日本軍がどのように弾圧したのかを、当時の記録や現在の調査にもとづいて明らかにしようとしたものです。 朝鮮の民衆運動にしても、台湾の…

大げさかもしれないが

短編集『光は大地を照らす』(胡万春、伊藤克訳、新日本出版社、1963年、原著は1961年)です。 〈中国革命文学選〉なるシリーズが1960年代前半にでていたのですが、そのなかの1冊です。著者(1929−1998)は浙江省出身で、鉄鋼生産の労働に携わりながら小説を…

トリックスター

アウエハント『鯰絵』(小松和彦ほか訳、岩波文庫、2013年、親本は1979年、原著は1964年)です。 安政江戸地震のあとに発行された鯰絵と呼ばれる刷り物を題材にして、鯰の持つ意味を探ったオランダ人研究者の本の翻訳です。 鹿島の要石に抑えつけられている…

闇の中にも

亀山郁夫さんの『あまりにロシア的な。』(文春文庫、2013年、親本は1999年)です。 著者が1994年にロシアに長期滞在したときの経験を中軸にして、その中に1984年に当時のソ連当局から拘束された事件の記憶も交えた、エッセイ集というものです。 当時の、ソ…

遺されるもの

鬼藤千春さんの小説集『磯の光景』(私家版)です。 鬼藤さんは岡山県で文学運動の中心にいらっしゃる方で、この本にも、支部誌『まがね』に掲載した作品も多く収められています。 岡山県を舞台にした彼の作品には、その土地に生きてきた人たちのすがたが浮…

やられたこと

莫言『続 赤い高粱』(井口晃訳、岩波現代文庫、2013年、親本は1990年、原著は1987年)です。 抗日戦争時代の山東省を舞台にした作品で、話者〈わたし〉(作者と同年代のようです)の祖父母や父親が当時をどのように生きたのかを描くものです。 当然、日本軍…

先端

桜井博儀さんの『元素はどうしてできたのか』(PHPサイエンスワールド新書、2013年)です。 ビッグバンからの元素の生成や、93番以上の人工元素の合成はどうするのかなど、最新の情報も出しながら、原子や元素にかんして述べています。 そのなかの最後のほう…

節約

今年のセンター試験の文章についてです。 評論の齋藤希史さんの本に関しては、このブログの2007年4月18日づけで、紹介しています。おもしろいものを探してきたのかなとも思うのですが、題材のなじみにこだわると、けっこう厳しいのかもしれません。 小説は岡…

外から

大城立裕さんの『朝、上海に立ちつくす』(中公文庫、1988年、親本は1983年)です。 大城さんは、上海にあった東亜同文書院大学に進学し、予科生のときに入営し、終戦を迎えます。そのときの経験をもとに書いた小説で、作中の主人公、知名も、1943年に予科に…

移転

内海繁(1909−1986)の『播州平野にて』(未来社、1983年)です。 著者はながく姫路で文化運動をやってきた人で、その経験にもとづく文章を集めたものです。〈ふるさと〉の顕彰が、限られたものになっていること(相生がうんだ偉人として大山郁夫が語られる…

創立以来

宮寺清一さんが亡くなられました。宮寺さんは、リアリズム研究会に参加してからずっと、民主主義文学運動の担い手として活動して、文学同盟創立からの同盟員でもありました。 労働現場のありようを描く作品を追求して、1980年代の労働戦線の再編期のなかでの…