アンソロジーの多様さ

筑摩の現代日本文学大系の『現代名作集一』(1973年)です。
明治23年の宮崎湖処子「帰省」から昭和20年の渋川驍「柴笛詩集」までの、ひとりでは文学全集の巻を占めるには少し足りないと判断された作家たちの作品が、一人一作収められています。
文章も文語調から口語へと変化していきますし、内容も大仰なものから、みずからの周辺に材をとった地道なものへと変わります。ある意味では、近代日本文学の豊かさを示しているともいえるでしょう。
岡田三郎の「三月変」という作品では、三・一五事件で検挙された弟を、兄がみつめるという形式で、弾圧が一般の人たちにどういう影響をあたえたのかを、プロレタリア文学運動とは別の立場から照らします。岩倉政治「稲熱病(いもち)」は、〈転向〉して帰郷した農業技術者を主人公にして、農村に残る前近代的な傾向を描き出します。〈転向〉という傷をもち、農村の近代化のために尽力しようとしてもなかなか成果があがらない中での、主人公の苦悩と未来への希望が描かれます。いろいろな世界が描かれることで、社会の多様さもみえるのです。