遺されるもの

鬼藤千春さんの小説集『磯の光景』(私家版)です。
鬼藤さんは岡山県で文学運動の中心にいらっしゃる方で、この本にも、支部誌『まがね』に掲載した作品も多く収められています。
岡山県を舞台にした彼の作品には、その土地に生きてきた人たちのすがたが浮き彫りになります。あるときは石材店に勤務し、営業として親族を亡くされたばかりの家を訪問したり、寺院をまわったりする中での、感情を描く作品もあります。
そうしたもののほかに、戦争で父親を亡くした子どもたちの姿をえがき、戦後の生活の実相をあぶりだすものもあります。
作者は1947年生まれとありますから、もちろんそれは自分自身の体験ではありません。けれども、作者の周囲には、そうした苦しみを負った子どもたちが常にいたのでしょう。そういう生活を描く中で、戦争がそのときだけでなく、終わった後も長く生活を破壊するものであることも、みえてきます。そこには、『英霊の顕彰』などどこにもありはしないのです。