2013-01-01から1年間の記事一覧

完結は終わりではない

佐伯一麦さんの『渡良瀬』(岩波書店)です。 本の後記によれば、雑誌『海燕』に1993年11月号から1996年9月号まで掲載し、雑誌終刊のために中絶していたものを、加筆して終わりを書き下ろして完結させたものだということです。 当時の雑誌は持っていませんか…

積み上げる

佐伯一麦さんの『麦の冒険』(荒蝦夷、2012年)です。 佐伯さんの紀行文や旅にまつわる文章を、仙台の出版社、荒蝦夷がまとめたものです。 その中に、仙台藩の時代につくられた運河、貞山堀をめぐる文章があります。これだけが、震災のあとに書かれたのです…

取材源

横田増生さんの『中学受験』(岩波新書)です。 中高一貫校の現実を考えようと、いろいろな学校だけでなく、学校になじめずに方向転換を余儀なくされた家庭や、受験そのものをやめた家庭などにも取材をして、幅広い観点から現実に迫ろうとしています。 その…

秘匿

司馬遼太郎『歴史と視点』(新潮文庫、1980年、親本は1974年)です。 いわば歴史をめぐる随想ではあるのですが、話のはじまりがグアム島に潜んでいた横井庄一さんが帰還したあたりです。そこから、陸軍戦車兵時代の回想となり、そこにあらわれた日本陸軍の思…

よりどころはどこ

布施祐仁さんの『災害派遣と「軍隊」の狭間で』(かもがわ出版、2012年)です。 今の自衛隊の現実を、隊員へのインタビューや、当事者の資料などを使って追いかけます。不景気になると志願者が増えること、その志願者を集めるために、広報官という任務の人た…

最終回

しばらく『八重の桜』はきちんとみてなかったのですが、最終回だというので、ひとことくらい。 『坂の上の雲』のときにも書いたと思いますが、ここでもやはり日清戦争が朝鮮半島で戦われたことが微妙に回避されています。もちろん、今回はそこまで話をひろげ…

口先ばかり

『柳田国男 山人論集成』(大塚英志編、角川文庫)です。 単独の著作ではなく、山のひとびとについてのいろいろな言及を集めたものですが、そのなかに、南方熊楠との往復書簡が収められています。1911年のもので、熊楠が神社合祀政策に反対する運動を続けて…

申しわけないのですが

『すばる』1月号に、小森陽一さんの『晩年様式集』(大江健三郎、講談社)についての書評が載っています。先行作品を押さえた上で、作者の大江さんの方法を、重ね合わせていることに着目しながら論じています。 それはそれとして、大きな勇み足をみつけてし…

くり返しとはいわないが

治安維持法ができたのは、1925年だと記憶しています。関東大震災の2年後ですね。 東日本大震災から2年後に、新しい治安立法が成立しそう(21時49分現在)です。「教唆」しただけで実行がなくても罪にされ、「共謀」があったことを自首すれば罪にならない、と…

流れてゆく

中沢けいさんの『動物園の王子』(新潮社)です。 久しぶりの中沢さんの小説なのですが、少し日常に流れて、切れ味が悪いように思えます。50歳台の女性3人、高校時代の同期生という設定なのですが、日常と非日常の事件とのあわいが、すっきりしません。子ど…

縁はあったが

辻井喬さんが亡くなられたそうです。『馬』さんからはやばやとコメントをいただきました。 昨年の中村真一郎の会でお顔を拝見したのが最後だったでしょうか。 宮本百合子に関する本で、いちおうは、共著者として名前が並んだことはありましたが、そのときに…

語れるもの

田山花袋『一兵卒の銃殺』(岩波文庫、1955年)です。 実話をもとにした作品らしいのですが、日露戦争にも従軍した現役兵士が、外出のときに帰営時間に遅れ、そのまま脱営して、最後には無銭で泊まった旅館を放火して全焼させ、それが露見して銃殺されるとい…

語られないもの

ついつい、日本映画専門チャンネルでやっていた、『ハワイ・マレー沖海戦』を見てしまいました。 特撮に関しては、それこそ、『巨神兵東京に現わる』につながる映像画面そのものですから、それはそれとして技術の伝承という側面からみればいいのですが、ああ…

大義

松浦玲さんの『横井小楠』(増補版、朝日選書、2000年)です。幕末の思想家、小楠の生涯をたどりながら、当時起こりえたかもしれない状況を考えます。 小楠の思想の根底には、指導者は聖人でなければならない、現任者がその任にたえないのなら、やめさせても…

パンデミック

なんとなくですが、中央公論社版『日本の文学』の志賀直哉の巻(1967年)をよみすすめています。 短編や随筆をあつめた巻で、「灰色の月」は載っていないのですが、けっこう幅広く収めています。 そのなかに、「雪の遠足」という作品があります。我孫子に住…

考えてみたけれど

本の話ではないのですが。 この間、ときどき用事があって土浦まで行っています。常磐線に乗るのですが、常磐線は東京圏の電車の中で、ほかの線区とはちがった扱いを受けています。たとえば、普通列車のグリーン車は、東海道線と高崎線や総武線では、進行方向…

違いの認識

埴谷雄高『欧州紀行』(中公新書、1972年)です。 辻邦生とのヨーロッパ旅行記で、いろいろな雑誌などに発表したものを新書にまとめるという、少し珍しい形式のものです。 そのなかで、ロンドンやミュンヘンで経験した、格差の問題があります。著者が酒場に…

予感をもつ

中上健次の『地の果て 至上の時』(新潮社、1983年)をずいぶん時間をかけましたが。 中上作品を読むのは久しぶりなので、人間関係をすっかり忘れていて、それはそれとして読んでいました。まあ、古本屋で初版が200円で出ていたから買ったという、動機も変だ…

一知半解

12月号の『群像』の連載、原武史さんの「皇后考」は、関東大震災のときのことを話題にしています。貞明皇后が震災の被災者たちの救援に尽力したとか、そうした話題が出るのですが、当時の「天譴」論に対して、皇后が地震に際して「神のいさめ」だと受け取れ…

それでもがんばる

北島万次さんの『秀吉の朝鮮侵略と民衆』(岩波新書、2012年)です。 李舜臣の記録などを参考にしながら、いわゆる文禄・慶長の役のときの朝鮮側の抵抗のようすを記しています。いろいろな地域で義兵がおこったことや、水軍が地の利を生かして戦ったこと、そ…

見ていたはずのもの

黒川創さんの『国境 完全版』(河出書房新社、旧版は1998年)です。 旧版に「暗殺者たち」発表後の文章を増補して再刊行したというかたちです。近代日本が、列島の外に出て行ったとき、そこにまつわる文学のことばのありようを、さまざまな局面から追いかけ…

必要なのに

服部英雄さんの『河原ノ者・非人・秀吉』(山川出版社、2012年)です。 「賎」とされた人の実態を史料からさぐるというのが、この本の本来ですが、刊行当時は豊臣秀頼の父親は誰なのかを論じた論考のほうに注目がいっていたようにも見えます。ただ、それをあ…

いよいよ完結か

『図書』は岩波書店のPR誌ですから、岩波の新刊案内が一緒に綴じこまれています。そこには、今月の新刊と来月刊行の予告があります。 この予告欄は、けっこう重宝していて、ナサニエル・ウェストの『孤独な娘』が文庫で出るということで研究会のテキストに選…

端から中から

松本仁志さんの『筆順のはなし』(中公新書ラクレ、2012年)です。 1950年代に文部省が出した『筆順指導のてびき』にいたる筆順についての考え方を整理して、今後のありかたを考えます。それにしても、過去の筆順には、「川」を真ん中の縦画から書くものもあ…

今からみれば

中村静治『現代日本の技術と技術論』(青木書店、1975年)です。 著者の1970年代前半の論考をあつめたもので、石油ショックを契機にした、日本のエネルギー政策に関する文章が主になっています。むかし、学校では「エネルギー革命」とかいわれて、石炭から石…

長生き

伊藤信吉『高村光太郎』(角川文庫、1964年)です。 高村光太郎は、戦後もしばらく活動していたので、戦争責任追及となると、必ずと言っていいほどひきあいに出される人です。もちろんそれは、彼が岩手に戦後の一時期隠棲生活を送っていたことが関係するでし…

とにかく動く

木下武男さんの『若者の逆襲』(旬報社、2012年)です。 最新の労働運動への提言というところで、ジョブ型雇用を中心とするシステムへの改革をすすめようというのが著者の主張というところでしょう。 以前の本では、日本型の企業別組合の歴史の全否定的なと…

先は長い

〈コレクション戦争と文学〉(集英社)の別巻『〈戦争と文学〉案内』です。 評論家による時代別の概説と、アンソロジーに収録できなかった長編作品の紹介、それと、1893年から1989年までの戦争文学年表が収められています。 これだけの作品をまとめたという…

ひろいあげる

村上龍さんの『55歳からのハローライフ』(幻冬舎、2012年)です。 中高年をめぐる現実を、さまざまな側面から描いた作品で、熟年離婚やペットロス、早期退職した営業マンの再就職、中学時代の同級生がホームレスになるというような話が、連続してひとつの長…

市中ひきまわし

中西新太郎さんの『「問題」としての青少年』(大月書店、2012年)です。 青少年をめぐる環境を、「健全―逸脱」というわくぐみでとらえることは、本当の問題を見えなくさせるというのが、中西さんの意識の中心にすえられています。そうした形でとらえること…