2006-07-01から1ヶ月間の記事一覧

恐怖の大王が降ってくる

『ノストラダムスとルネサンス』(岩波書店、2000年)です。 たしか、中学の頃に、小松左京の『日本沈没』とともに、ノストラダムスの例の「1999年7の月」の予言が話題になったと思いますが、そのノストラダムスを、当時の時代背景などにきちんと目を向けた、…

働きながら

山形暁子さんのエッセイ集、『愛と平和と文学に生きる』(本の泉社)が出ました。 山形さんは、大手都市銀行に高校を出て就職し、そこで長く働き続けながら、女性の権利拡大のために銀行のなかでたたかい、そうした中で、小説を書き始め、いままでに『トラブル…

裏時評です

しんぶんに時評が載ったので、書ききれなかったことを。 金原ひとみと青山七恵については、すでにこのブログで言及したので、ここでは再論しません。 丹羽郁生さんの「杭を打つ」ですが、主人公のまわりに〈組織〉がほとんど出てきません。組合は少しは出て…

作家と風土

この前、研究会で、上林暁の「白い屋形船」をやりました。久しぶりに上林を読んだ(といっても対象作の「白い屋形船」だけですが)のですが、作家と風土との関係を少し考えました。 というのは、上林の文庫を何冊か買ってはいたのですが、実は全部売ってしまっ…

基地の島

山城達雄さんの『監禁』(光陽出版社)です。 山城さんは、1989年に、「遠来の客」で新沖縄文学賞の佳作を、1998年には「窪森(くぶむい)」で入賞を果たした、沖縄の作家です。その作品と、『民主文学』に発表した短編を集めた短編集です。 この作品集に収めら…

私たちだけだとしたら

『広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由』(青土社)です。 ウェッブというイギリスの物理学者のひとが、2002年に出した本の翻訳です。 地球外の知的生命体が地球に現れた痕跡もなく、地球に連絡をとった形跡もなく、地球を無視して存在している様子も…

過去は甘美なものなのか

内輪の読書会、今回は絲山秋子の「沖で待つ」でした。 主人公と死んでしまう太さんとの関係は、たしかに労働を媒介とする成長であるにはちがいないのですが、それが現在の主人公とどうつながるのかということが問題なように感じます。作品の「現在」は、彼女…

この20年

原宏之という研究者の『バブル文化論』(慶応義塾大学出版会)を読みました。 1980年代を考えるというのが、社会学の研究分野として、いわゆる〈おたく〉的な分析とはちがってのスタンスです。 まあ、わかることとわからないこととあるのですが、ときどき考え…

若書きの強さ

講談社の文芸文庫の新刊のなかに、『1946・文学的考察』がはいっています。加藤周一・中村真一郎・福永武彦の三人が、それぞれ〈焦点〉〈時間〉〈空間〉というカテゴリーのなかで書いた文章をまとめたものです。 読んだのは冨山房百科文庫(新書判ですが)だっ…

けっこうさわやか

青山七恵「ひとり日和」(『文藝』秋号)です。20代はじめの女性が、アルバイトをしながら親戚の老女(71歳)と二人で暮らしている姿を描いた作品です。けっこうほのぼの路線というか、男の子との出会いと別れを淡々と描いています。 つきあいはじめるまでのとき…

通じるものが

先週くらいに書いた、佐多稲子の手紙の本の中に、野口冨士男との往復書簡があります。一葉の「たけくらべ」の最後のほうの、美登利の変貌をどう解釈するかについての、稲子の意見を支持する内容です。 稲子は、その変貌を美登利が客をとらされたことと考え、…

自伝的というのなら

金原ひとみ『オートフィクション』(集英社)は書き下ろし小説です。 22歳の小説家、「高原リン」が、編集者から〈自伝的創作〉を要求されるのです。 実は作品冒頭の、新婚旅行の帰りの飛行機のなかで、夫を疑う女性という物語が、「高原」の書いた短編で、そ…

作為の「伝統」

村上重良『日本史の中の天皇』(講談社学術文庫)です。親本は1986年に出て、文庫も2003年という、いささか古い本ではあるのですが、読みごたえがありました。 特に、明治になって、新しい天皇の権威を作り出すために、宮中祭祀のありようも新しい行事をつくり…

軽口の批評性

日本近代文学館編集の、〈作家の手紙〉シリーズが博文館新社から出ているのですが、その中の佐多稲子の巻を読みました。 稲子の手紙や、稲子宛の手紙が多く収録されているのですが、いろいろと参考になるものもありました。 その中で、おもしろかったのが、…

未来を信じよう

青井傑(あおい・まさる)さんの『東山道武蔵路』(光陽出版社)です。 作者は、教師を長く勤め、その間労働組合運動や平和運動に尽力した人です。本格的に執筆をはじめたのは、ここ何年かのところだということです。 作品集に収められた作品は、平和運動に題材…