2011-01-01から1年間の記事一覧

強さのみなもと

海猫沢めろんさんの『ニコニコ時給800円』(集英社)です。 最近の勤労事情を描いた連作小説です。本の帯には、〈下流社会のさらに最下層で生きる〉というキャッチコピーがあるのですが、実際には読むと、〈下層〉ではあっても、女性たちはその中でしたたか…

気まま

『日本原発小説集』(水声社)です。 その中の、豊田有恒「隣の風車」(1985年の作品のようです)は、原発が開発できないまま、火力発電ができなくなり、各自が自分の家に風車を建てるようになってからの混乱を描いています。家の立地によって発電量も差がで…

実地

『金達寿小説全集』から「太白山脈」(第7巻、1980年)です。 1960年代後半に『文化評論』誌に掲載されていた長編で、『玄海灘』の続編にあたります。1945年の8月から約1年あまりの南部朝鮮を舞台にした作品です。 日本にかわってアメリカ軍が支配し、アメリ…

見落とし

小林芳規さんの『角筆のみちびく世界』(中公新書、1989年)です。 角筆というのは、先の細い棒のようなもので、書物にしるしをつける筆記方法です。ちょっとみにはわかりにくいものですが、昔の仏教や儒学の漢籍などに、読み方などをすばやく記録するにはす…

原作離れ

年末が近づき、ドラマ『坂の上の雲』の宣伝がはじまったようです。 今年の放映は、二百三高地をめぐる攻防戦や、奉天会戦での騎兵の活躍、日本海海戦と、戦場の場面がメインになってしまうでしょう。それだけ、ドラマとしてのおもしろみには欠けることになる…

井の中の

許広平『暗い夜の記録』(安藤彦太郎訳、岩波新書、1973年新版、原本は1947年)です。 1941年12月、対米英開戦をした日本は、上海の租界を接収します。そして、そこに住んでいた魯迅の妻である著者を連行し、約3か月にわたって身柄を拘束し、魯迅の日記その…

つぎつぎと

橘あおいさんの『スプーン一匙』(文芸社)です。 橘さんは、今年の民主文学新人賞で佳作に入選されたかたで、看護師からいまは看護学校で教えているそうです。 収録された作品は、いずれも看護師体験から生まれたもので、いろいろなできごとを通じて、看護…

集まり散じて

『金達寿小説全集』の話です。 第2巻は、1950年あたりから1962年くらいまでの短編を集めていて、朝鮮戦争から帰国運動まで、小説に登場します。今から見れば、けっこう複雑な思いもありますし、「委員長と分会長」のような、朝鮮総連の活動を描いた作品も、…

意外なところで

ちょっと、金達寿「玄海灘」のつづきを。 最近、つれあいが韓国ドラマにはまって、ケーブルやらオンデマンドやらでいろいろと観ているのですが、そのなかで、「アクシデント・カップル」とか「個人の趣向」とかには、伝統的な韓国家屋が出てきます。中庭のよ…

これは言ってほしくなかった

浅尾大輔さんが、新作「猫寿司真鶴本店」を、『モンキービジネス』vol.15(ヴィレッジブックス)に発表しました。 神奈川県真鶴町を舞台にした作品です。 浅尾さんは、『今の時代はまっとうに生きることはできないから、何かを欠落させないと生きられない』…

利用法

『金達寿小説全集』(筑摩書房、全7巻、1980年)を月報つき、帯つきでそろいで入手できたので、作品の発表順になるように読み始めています。1952年の「玄海灘」まできました。 1943年の京城(今のソウル)のまちを舞台に、両班階層の若者、白省五と、日本で…

三つの春

ちくま学芸文庫の『ロラン・バルト 中国旅行ノート』(桑田光平訳)です。 バルトは、1974年の4月から5月にかけて、中国を訪問したのですが、そのときの記録だということです。かれは、結局この経験を本にはしなかったようなのです。 この時期の中国といえば…

これも100年

今年は、辛亥革命の100周年ということで、中国ではいろいろと行事が行われているようです。 昨年の大逆事件や韓国併合100年ともあわせると、東アジアのいろいろな動きが、このあたりに集中しているようにも思えます。 大韓帝国を併合してアジアの大国となっ…

いろいろと

きょうは小林多喜二の誕生日だそうです。 今年は、多喜二のお母さんからの聞き書きをまとめた原稿が発見され、新日本出版社から刊行されました。 そういう新発見は、これからも出てくるかもしれません。そうしたものに、きちんと反応していけることができれ…

大きくつかむ

NHK-BSでやっていた映画『トンマッコルへようこそ』(2005年の韓国映画、音楽を久石譲さんが担当しています)です。 朝鮮戦争のはじめごろ、1950年の冬のことです。ある村に墜落した飛行機に乗っていた米軍大尉、退却中の人民軍部隊の生き残り3人、国軍兵士2…

一元化

うえのたかし(1940-2009)の、『古事記』に材をとった画に青木陽子さんが文章をつけた画文集『あなにやし』(私家版)です。 うえのさんは、岐阜県で画の活動をされていた方のようで、『古事記』の上巻、いわゆる神代の部分の伝承を絵にしています。ダイナ…

幅広さ

『コレクション戦争と文学』(集英社)の第5巻、「イマジネーションの戦争」です。 実際の戦争ではない世界や、それに近いものを描く作品を収めているので、『SFマガジン』に載るような作品もはいります。かえって、『群像』などに発表された作品よりも、架…

信憑性

今年のノーベル賞は、スウェーデンの詩人の方だそうです。 別に村上春樹を期待しているわけではないのですが、こうなると、どこで最初に聞いたのかはもうわからないのですが、「非欧米言語で創作する人の受賞は6年おき」というジンクスが、成り立ちそうにみ…

その後

田島一さんの小説、『時の行路』(新日本出版社)です。 2008年の12月、北関東に大きな工場をもつ自動車会社、「三ツ星」の派遣社員、五味が雇い止めをされるところから約1年間のことを書いた作品です。彼はなかばだまし討ちのような形で、退職届に署名して…

弱点と弱さ

『若き親衛隊』、終わりました。 ドイツ占領下の抵抗組織、「若き親衛隊」は、ドイツ軍の物資を奪ったり、徴発された家畜を解放したり、モスクワからの放送を聴きとってそれをビラにして配布したりと、いろいろな抵抗を試みたのですが、1942年の年末、ドイツ…

負け戦

ソビエト政権時代のロシアの作家、ファジェーエフの『若き親衛隊』(黒田辰男訳、青木文庫、全5冊、1953年)を読み始めました。 作者は、スターリン時代に権勢をふるったということで、最近はまったく人気のない作家ですが、1920年代に書いた「壊滅」は、黒…

おもいこみ

瀬川拓郎さんの『アイヌの世界』(講談社選書メチエ)です。 アイヌを交易の民としてとらえ、北海道の産物を大陸や列島にうごかすことで、生きてきた民族だととらえるのが著者の立場です。その面から考古学資料をとらえると、たとえば7世紀に列島から阿倍比…

横断

前に、古書店で手に入れた(通販ではなく)『綜合プロレタリア芸術講座 1』(内外社、1931年5月)です。 そろいものではないと判断されたのか、けっこう安価で入手できました。 中野重治が巻頭で「プロレタリア芸術とは何ぞや」という論文を書き、中條百合…

書き直し

川上弘美さんの『神様 2011』(講談社)です。 昔の作品「神様」と、『群像』6月号に掲載した「神様 2011」とを合わせて、コンパクトな1冊に仕立てたものです。 〈くま〉と川にピクニックに行くという筋は変わらないのですが、今回の作品では、〈わたし〉は…

記録

今尾恵介さんの『地図で読む 戦争の時代』(白水社)です。 戦時中の地図や、戦争施設の名残を今の地図にみるという、過去と現在を往還するようなものです。 戦時中というより、戦前から、日本では横須賀あたりとか、呉線では海岸沿いを走るときには汽車の窓…

段階

笠原嘉さんの『アパシー・シンドローム』(岩波現代文庫、2002年、親本は1984年)です。 1970年代あたりからの、当時の青年にみられた〈自立〉からの逃避的な傾向に関してのいろいろな症例や研究を論じた文集です。 今にして思えば、この本で扱われた時期は…

なまなましい

李恢成さん『地上生活者』第4部(講談社)です。 主人公趙愚哲が、組織から離れ、作家として自立していく時代をあつかっています。時期的には1966年から光州事件の1980年あたりまで。主人公個人の問題でもいろいろあったようですし、朝鮮半島も、南北ともに…

流れて

太宰治『ろまん燈籠』(新潮文庫、改版2009年)です。 新潮文庫での、太宰のいままでの作品集からもれていた中で、戦時中の作品を中心に収めていて、「十二月八日」とか、「散華」とか、戦争を扱った作品もはいっています。戦時中に、どういう形で太宰が作家…

これもあり

古田武彦さんの『俾弥呼』(ミネルヴァ日本評伝選)です。 古田さんは、40年前の『「邪馬台国」はなかった』以来、近畿天皇家一元史観なるものを批判し、邪馬壱国は博多湾岸にあり、その後九州王朝として7世紀末まで存続したという立場を主張しています。今…

いっしょくた

武藤洋二さんの『天職の運命』(みすず書房)です。 スターリン時代に、ロシアの文化人がどのような運命をたどったかを描いています。メイエルホリドとか、ショスタコーヴィッチ、パステルナークなどがメインの登場人物で、日本から越境してきた杉本良吉や岡…