2006-01-01から1年間の記事一覧

忘れてはいけない日

9月18日は、もちろん「柳条湖事件」の日です。 そういうわけなので、〈満洲〉に関するものでもと思ったのですが、タイミングが悪くて。 中村真一郎さんの『建礼門院右京大夫』(日本詩人選、筑摩書房、1972年)を読んでいたのです。清盛の娘で高倉天皇に入内し…

ネーミングの寓意

浅尾大輔さんの「ソウル」(『民主文学』10月号)です。 作者を思わせるような、35歳独身で、渦潮社の文学賞を受賞した経験ある人物の視点から、現在の若者の抱えている状況や、社会の中で傷ついている人々を描いた作品で、久しぶりの登場です。 タイトル自体…

人材の配置

飛鳥井雅道さんの『明治大帝』(ちくまライブラリー、1989年)です。 鴎外のあとこの本になったのはなかば偶然ですが、乃木将軍と鴎外だとか、少し関連のあることもでてきました。 で、乃木将軍ですが、軍事行動の指導者としてはまったくの無能であったという…

韜晦なのかもしれない

尾形仂さんの『鴎外の歴史小説』(岩波現代文庫)です。 親本は1979年に出たのですが、森鴎外の歴史小説の参考文献を探究しながら、鴎外の心境を忖度した論文集です。 中でも出色なのは、「大塩平八郎」と「堺事件」との作品に、大逆事件とのかかわりをみる論…

スタートライン

『政治小説 坪内逍遥 二葉亭四迷 集』(現代日本文学大系、筑摩書房、1971年)です。 最近は文学全集はすっかりはやらなくなって、古本屋で1冊100円という値段で並ぶことも珍しくなくなりました。実は、この本も、そうして入手したのです。 ここで「政治小…

啓蒙的ではあっても

霜多正次さんの『沖縄島』です。 霜多さんは、1950年代から70年代にかけて活躍された、沖縄出身の小説家で、この『沖縄島』という作品は、1956年に書かれています。 当時の沖縄は、米軍の支配下にあって、まだ本土復帰のめどもたっていない時代だったのです…

記念号は分厚い

『群像』は創刊60周年記念号。なので、短編特集ということで、分厚いものになっています。いっぺんに全部読めないので、少し拾い読み状態ですが、紹介しましょう。 李恢成さんの「冷蔵庫」は、作者が『アリランの歌』の共著者、ニム・ウェールズさんに会っ…

残るもの、残らないもの

川本三郎さんの『日本映画を歩く』(中公文庫)です。 もともとは、交通公社の出していた『旅』という雑誌に、1998年あたりに連載されていた、地方の映画のロケの舞台となったところを探訪した紀行です。 親本が出てからも十年弱ということなので、その微妙…

私怨だとまでは言いたくないが

粟屋憲太郎さんの『東京裁判への道』上下(講談社選書メチエ)です。 アメリカのほうにあったという、東京裁判開始前の、いろいろな容疑者の尋問記録などを調査して、誰が被告となり、誰が訴追を免れていったのかを検討したものです。BC兵器の問題がなぜ回避さ…

何をいいたいのか

『解釈と鑑賞』の多喜二の話をもう少し。 じっくり読んだわけではないのだが、どうもよくわからないのが、「一九二八年三月十五日」をあつかった土屋忍という人の文章である。 暴露小説として読むべきではないという、全体の趣旨にはとくに問題があるとは思…

今だからこそ

http://f-mirai.at.webry.info/ というブログを見ました。関西方面の方らしいのですが、小林多喜二について語っているブログです。 そこで、この前発行されたばかりの、『国文学 解釈と鑑賞』の別冊、〈「文学」としての小林多喜二〉についての話題が広まっ…

今月の裏時評

とはいっても、島本理生は書いてしまったので、今回はそんなに足して語るほどのものはないのです。 強いて言うなら、『すばる』の青野聰「海亀に乗った闘牛師」くらいでしょうか。こうした異界にはいりこむ話は、カフカの「城」ではありませんが、元の世界に…

恫喝と強制

森与志男さんの『普通の人』(新日本出版社)です。 2003年4月から2005年3月までの2年間を舞台に、東京都立の高校での主人公たちの生活を追った作品です。主人公は50代なかばの男性教師で、妻をなくしてからずっと、独身を通して子育てをしてきたのですが、そ…

気持ちもわからないではないが

本の話とは直接いえないかもしれませんが。 教学社という出版社があります。といっても、名前だけではなじみがないかもしれませんが、「赤本」を出しているといえば、わかる人もいるかもしれません。大学入試の過去問を出版しているところです。 来年の受験…

選択を迫る

橘木俊詔さんの『アメリカ型不安社会でいいのか』(朝日選書)です。 彼は、日本はどちらかというと共生をめざすヨーロッパ型の社会のほうがいいのではという意識をもって、その点からの今後の改革案を提示しています。 格差社会の存在が公然と肯定される状態…

見巧者ということ

木津川計さんの、『上方芸能と文化』(NHKライブラリー)です。 大阪の芸能を長年みてきた木津川さんならではの、日本の芸能文化の分析だと思います。 そのなかで、〈一輪文化〉と〈草の根文化〉ということばを使って、その両立を説いているところがあります。…

熱狂のこわさ

長い作品を読んでいました。ドライサーの『アメリカの悲劇』(大久保康雄訳、新潮文庫、1978年)です。上下巻で合計1300ページくらいです。 工場に勤めるクライドという若者が、恋仲になって、自分の子をみごもった女性を亡き者にしようとして、湖に出かけるの…

党と国家

ここでは、本の紹介以外のことはしたくなかったのだけど、少し。 小泉純一郎さんが、靖国神社に行ったとか。 「公約」だと本人は言っているけれど、誰に対しての公約かというと、自民党総裁選挙の公約なのだから、自民党員に対するものであって、日本国民に…

仁義とモラル

正岡子規の『水戸紀行』(筑波書林、1979年)です。 この出版社は、土浦市にあって、茨城にまつわるいろいろな本を、〈ふるさと文庫〉の名称で出しています。徳永直の『輜重隊よ前へ』という消費組合をあつかったルポも、ここから出ています。 さて、子規は、…

回想の記述

尾崎ふささんが亡くなったという記事が出ていました。 この前、宮本百合子の会(今月の『民主文学』に記録が載っています)のときに、婦人民主クラブ(再建)のかたが出店を出していたのですが、そこで、婦民の青森支部が編集した、尾崎さんの宮本百合子に関する…

殺意

今月の文芸誌は、なかなか焦点を定めにくいのですが、まずは、『新潮』の島本理生の「クロコダイルの午睡」です。 大学生の女性が、仲良くなった彼女もちの男の子(こちらも学生)に対して、殺意を抱いて彼がそばアレルギーだったので、お茶のなかに蕎麦湯をま…

あえて伝えようとして

田口ランディ『被爆のマリア』(文藝春秋)です。 せっかく広島にいくのだからと思って、行きの新幹線の中で読んでいたのですが、今の時代に戦争というものを、若い世代の立場に立って書こうとしたものです。主人公は、結婚式をあげる女性だったり、学校行事で…

1938年の熱狂

林芙美子の『戦線』(中公文庫)です。 1938年の武漢攻略作戦に参加した彼女が、朝日新聞と協力して発表した記録文学です。もちろん、時流に乗った作品ですから、なぜこの戦争が起きているのかについての感想なぞありません。戦場の兵士たちをたたえる、ある…

ばさら

アクセス解析をすると、ナツ100関係が多いようで、ありがとうございます。それに関しては別ブログ(〈ひとりごと〉のほうです)をご覧下さい。広島でも更新できる環境が手に入りましたので、少しは、と思います。さて、桜井好朗『空より参らむ』(人文書…

回避すること、できないこと

近所の古本屋で、『栃木県近代文学アルバム』(随想舎)という本を見つけました。2000年に出たものです。最初が、江口渙の原稿をカラー写真にしたものが口絵になっています。芥川の手紙をめぐる文章のようです。 そういうことからもわかるように、栃木県ゆかり…

恐怖の大王が降ってくる

『ノストラダムスとルネサンス』(岩波書店、2000年)です。 たしか、中学の頃に、小松左京の『日本沈没』とともに、ノストラダムスの例の「1999年7の月」の予言が話題になったと思いますが、そのノストラダムスを、当時の時代背景などにきちんと目を向けた、…

働きながら

山形暁子さんのエッセイ集、『愛と平和と文学に生きる』(本の泉社)が出ました。 山形さんは、大手都市銀行に高校を出て就職し、そこで長く働き続けながら、女性の権利拡大のために銀行のなかでたたかい、そうした中で、小説を書き始め、いままでに『トラブル…

裏時評です

しんぶんに時評が載ったので、書ききれなかったことを。 金原ひとみと青山七恵については、すでにこのブログで言及したので、ここでは再論しません。 丹羽郁生さんの「杭を打つ」ですが、主人公のまわりに〈組織〉がほとんど出てきません。組合は少しは出て…

作家と風土

この前、研究会で、上林暁の「白い屋形船」をやりました。久しぶりに上林を読んだ(といっても対象作の「白い屋形船」だけですが)のですが、作家と風土との関係を少し考えました。 というのは、上林の文庫を何冊か買ってはいたのですが、実は全部売ってしまっ…

基地の島

山城達雄さんの『監禁』(光陽出版社)です。 山城さんは、1989年に、「遠来の客」で新沖縄文学賞の佳作を、1998年には「窪森(くぶむい)」で入賞を果たした、沖縄の作家です。その作品と、『民主文学』に発表した短編を集めた短編集です。 この作品集に収めら…