1938年の熱狂

林芙美子の『戦線』(中公文庫)です。
1938年の武漢攻略作戦に参加した彼女が、朝日新聞と協力して発表した記録文学です。もちろん、時流に乗った作品ですから、なぜこの戦争が起きているのかについての感想なぞありません。戦場の兵士たちをたたえる、ある意味煽情的なものともいえるでしょう。
その中に、兵士が中国兵をつかまえる場面があります。文庫本で66ページですが、そこで兵士たちは、銃殺だ、一刀のもとに切り捨てろだと評定したあげくに、その兵士を斬殺します。
正式な宣戦布告をしない〈事変〉だとしたことで、捕虜に関する国際条約は適用されないという立場を当時の日本はとっていたようですが、そうしたことに関しての基本的な兵に対しての教育が行われていないことを、このエピソードはしめしています。相手方にも理があるという当然のことも認識させずに戦わせるというのは、今の〈靖国史観〉にもつながっていくものがあるようです。
作者も一緒になってはしゃいでいます。それが、どんな結果をもたらすのかも考えないかのように。
この年は、一方では、宮本百合子たちが執筆禁止の状況におかれていた時期であったことを考えると、これは何だとも思います。