2013-01-01から1年間の記事一覧

長期戦

『原発を拒み続けた和歌山の記録』(寿郎社、2012年)です。 紀伊半島には原子力発電所はありません。それをかちとった、現地の動きを、土地の人が書いた論集です。1960年代からはじまった、原発をつくりたい関西電力や、それに同調する人たちと、原発の危険…

根っこ

水上勉『故郷』(集英社、1997年)です。 1987年に地方紙に連載された作品なのですが、作者の故郷である若狭地方を舞台にして、人間の戻っていくところとは何なのかを問いかけています。そこに、若狭が原子力発電所が多く立地していることが関係して、そこが…

てのひらで踊る

吉見俊哉さんの2冊、『親米と反米』(岩波新書、2007年)・『夢の原子力』(ちくま新書、2012年)です。 戦後の日本とアメリカの関係にかんして、文化的な受けとめと、原子力の利用という面での受容とを、分析しています。 福島の事故以前と以後と、書かれた…

来るわ来るわ

用事があって、2日ばかり個人メールをあけていなかったのですが、200通余りたまっていました。その中で、本当の用件のあるものは1通だけ。ほかはすべていらないものです。 とはいっても、ここで選挙に関連する話をするためには、連絡先を隠すわけにはいきま…

助け合い

仁科邦男さんの『犬の伊勢参り』(平凡社新書)です。 江戸時代には、お伊勢参りがはやり、時期によっては抜け参りという、ふっと思い立っての参拝もあったといいます。その中で、犬がお参りをすることが、各地でみられたとのこと。首に名札をつけていると、…

相互理解

川添昭二さんの『中世文芸の地方史』(平凡社選書、1982年)です。 九州人の川添さんは、九州の文学と歴史とのかかわりを中心にいろいろと論じてきました。1970年代から80年代はじめにかけての論考を軸にこの本は書かれています。 太宰府に残る史料を軸とし…

現実密着

日本思想大系『近世科学思想』(全2冊、岩波書店、1971-72年)です。 上巻には農業と治水、下巻は天文と医学という形で、蘭学がはいる以前の江戸時代の動向を、基本文献にさかのぼって収録しています。 もちろん、蘭学以前とはいえ、中国や、キリシタン時代…

眼力

三輪修三さんの『工学の歴史』(ちくま学芸文庫、2012年)です。もともとは大学生の教科書として、丸善からでたものを、改訂して文庫に収めたのだそうです。 ものづくりは、今の文明を支える基礎ですが、高校までの勉強ではそうした部分への言及は少ないよう…

20年

スタジオジブリの新作にあやかってか、堀辰雄の本がたくさん店頭にならんでいます。 考えてみれば、映画のタイトルも含めて、こうした形での堀辰雄の利用ができるのも、彼が1953年に亡くなっているので、かれの作品が著作権が切れて、パブリックドメインとな…

気持ちは気持ち

三枝昂之さんの『昭和短歌の精神史』(角川ソフィア文庫、2012年、親本は2005年のあとがきあり)です。 戦時中から占領期の短歌動向を、実作に即して考えています。戦争を賛美した人も、批判した人も、時代の文脈のなかに位置づけて、そのときどきの一所懸命…

土地のもの

『葉山嘉樹・真実を語る文学』(花乱社、2012年)です。 〈三人の会〉という、福岡県豊津出身の堺利彦・葉山嘉樹・鶴田知也を顕彰する会があるのだそうですが、そこが主体となって、葉山の記念講演会の記録と、関連する論考・回想・エッセイなどをあつめて出…

知ってそうでも

佐多稲子『私の長崎地図』(講談社文芸文庫、2012年、文庫オリジナル編集)です。 表題作は1948年の作品ですが、文庫化にあたって、著者の長崎にかかわる作品やエッセイをまとめました。著者の出身地である長崎で送った少女時代の感想や、その後の原爆被害を…

法改正

今回の参議院選挙から、ブログで特定の政党や候補者への投票を呼びかけてもよいということになったそうです。 だからといって、すぐにどうこうしようとは思いませんが(ここを訪れる方は、きっとそうしたことには意識的なかたでしょうから)、それ以外にも、…

復刊

岩波新書が、「もう一度読みたい岩波新書」というタイトルで、10冊の復刊をするそうです。そのなかに、加藤周一『抵抗の文学』(1951年)がはいっています。 フランスのレジスタンス時代の文学についてのエッセイをまとめたものですが、平凡社の『著作集』に…

歳月

山口勇子『海はるか』(新日本出版社、1988年)です。 表題作は、1984年に1年間『女性のひろば』誌に連載された長編で、それといくつかの短編があわさって1冊の本になっています。 表題作は、当時の東京で、いろいろな社会活動にたずさわっている主人公が知…

おそれの後

赤坂憲雄さんたちの『被災地から問うこの国のかたち』(イースト新書)です。 福島に住む玄侑宗久さん、和合亮一さんも加わり、福島をどう考えるのか、そこから見える国のありようはいかがなものかを、三者三様に語っています。 かつて、〈チェルノブイリの…

自家薬籠中

揖斐高訳注『頼山陽詩選』(岩波文庫、2012年)です。 日本漢文の文庫本はそんなになく、岩波でもこれと柏木如亭の作品がいくつかあるくらいでしょうか。 頼山陽が、ふたたび脚光を浴びたのは、1960年代の後半に、富士川英郎や中村真一郎が江戸の漢詩人たち…

交代

酒井忠康さんの『時の橋』(小沢コレクション、1987年、親本は1978年)です。 維新期に活躍した浮世絵作者、小林清親についての文章を集めたものです。幕府から薩長政府への変換期に、東京や横浜のひとびとはどのように対応していったのかが、清親の絵からに…

途上

島崎藤村『嵐・ある女の生涯』(新潮文庫、1969年)です。 これは、1920年代の作品をあつめた、後期短編集ともいうべきもので、特に作者自身の家庭をモデルにした作品は、今のことばでいえばシングルファーザーとして4人の子どもを育てた父親の姿を描いたも…

距離感

島崎藤村『旧主人・藁草履』(新潮文庫、1952年、親本は1907年)です。 藤村の初期作品で、小諸にいたころの経験を主にした作品集だということです。世紀の変わり目のころの、長野県の農村の光景ではあるでしょう。 けれども、やはり、そこに、作者の目が現…

けた違い

池内紀さんの東プロシア紀行『消えた国 追われた人々』(みすず書房)です。 東プロシアというのは、もともとはプロシアの中心だったはずの場所なのですが、ドイツ統一のためにプロシアがベルリンを中心として統一国家をつくったために、辺境となってしまっ…

またぐ

佐伯一麦さんの『光の闇』(扶桑社)です。 2008年から2012年にかけて書かれた連作小説を中心にした小説集です。この連作は、小説家である自分がめぐりあう、さまざまな欠損を抱えた人たちとのかかわりを描きます。耳がきこえなかったり、目がみえなかったり…

共同

大久保利謙『明六社』(講談社学術文庫、2007年、親本は1976年)です。 文明開化の時代、新しい国づくりのためには、知識人たちに国家のために働いてもらう必要がありました。それこそ、内戦に勝利して政権をとった新政府側には、自分たちの政権が正統性をも…

発展段階

田中英道さんの『日本美術全史』(講談社学術文庫、2012年、親本は1995年)です。 日本の美術を、政治の時代区分ではなく、〈アルカイスム〉や〈マニエリスム〉〈バロック〉のような、様式区分を使って叙述します。それによって、西洋で使われている様式が、…

習合

伊藤聡さんの『神道とは何か』(中公新書、2012年)です。 日本の土俗的なものが、「神道」として、組織化されるプロセスをたどるもので、中公新書らしい、手堅いものになっています。 神仏習合によって、神も仏にすがって成仏をめざす存在として体系化され…

解放

中尾佐助『現代文明ふたつの源流』(朝日選書、1978年)です。 照葉樹林文化と硬葉樹林文化の比較の話で、果樹と穀物の問題とか、住環境における庭の位置づけとか、どちらかというと、雑多な話題のなかに、いろいろと考えてゆくものという感じのものです。も…

いったいいつから

『何でも見てやろう』から、どうでもよいようなエピソードを一つ。 ロンドンに行った著者は、地下鉄に乗ります。そこで、地下に降りるエスカレーターが、人が2列になれる幅があって、そこを、左側の列がそのまま運ばれてゆくひと、右側の列は急いで降りる人…

一貫

小田実『何でも見てやろう』(河出文藝選書、1975年、親本は1961年)です。 あらためて、死去で中断した『河』にいたるまでの小田さんが、ひとつことを貫いていたという感覚があります。これが2000年に書かれていたのだといわれても、納得してしまうようなと…

体系づくり

小野忠重『版画の魅力』(新日本選書、1971年)です。 古今東西の版画を紹介する(図版も多数はいっています)、美術史の入門的なものになっています。 この『新日本選書』のシリーズは、1970年代にけっこう出版されていて、今でも勉強になりそうなテーマの…

きっかけ

『中村真一郎 青春日記』(水声社、2012年)を、ぽつりぽつりと進めています。 著者が中学5年生のときから、高校3年のあたりまで、時期的には1934年から1937年ごろまでのものです。著者の父の死のころからの記述というべきなのでしょう。 当時の中学から高校…