根っこ

水上勉『故郷』(集英社、1997年)です。
1987年に地方紙に連載された作品なのですが、作者の故郷である若狭地方を舞台にして、人間の戻っていくところとは何なのかを問いかけています。そこに、若狭が原子力発電所が多く立地していることが関係して、そこが果たして帰るべきところなのかという問題も提起されています。
作品の世界は、1985年という設定なので、スリーマイルはおきていても、チェルノブイリはまだという時期なのですが、それでも、原発と生活は共存できるのかと、登場人物の一人は問いかけます。それでも、そこを故郷とする人びとにとっては、雇用をもたらし(村長なみに車で送迎されるとか)、都会風のレストランもできて、地場ではない野菜や魚を使った料理を食べることもできるわけで、それをむげに否定できるのかという問題も浮き上がります。
もちろん、街場の人にはそれなりの故郷観があるのですから、こうした寒村がすべてではないのですが、ある意味では日本全体が、『村』なのかもしれません。そうした中で、『生きるとは』、を改めて考えさせられます。

ところで、この本、近所の図書館で、『廃棄本』とされていて、自由に持ち帰ってよいということで、もらってきたものです。何人もの方が借りたのでしょう。造本がゆるくて、今にも壊れそうな状態です。それだけの人が、この本を読んで考えてくれたのでしょうか。