気持ちは気持ち

三枝昂之さんの『昭和短歌の精神史』(角川ソフィア文庫、2012年、親本は2005年のあとがきあり)です。
戦時中から占領期の短歌動向を、実作に即して考えています。戦争を賛美した人も、批判した人も、時代の文脈のなかに位置づけて、そのときどきの一所懸命さを明らかにしようとしています。短歌というジャンル自身が、そうした抒情を通した感情の動きを考えるには適したものだといえるでしょう。
実際、戦争の時代には、当時の歌人たちは時流に棹差すような、日本の戦争の本質は何かなど全く思考の外に置いたような作品を詠んでいます。何か国家的な事件がおきると、すぐに歌人が動員され、歌を詠むのです。玉音放送のときも、8月14日の夜に、熱海にいた佐佐木信綱のもとを中日新聞の記者が訪れ、翌日の重大放送をうけた歌を事前に詠んでくれといわれたのだそうです。
短歌とはそういうものだったといえば言えるのですが、やはり、そうした思考を要求した当時の権力のありようにも、考察が及んでほしかったという気持ちはあります。一所懸命に生きているのがわかるからこそ、そうした歪みをつくりだしたものについて、考えなければいけません。