見ていたはずのもの

黒川創さんの『国境 完全版』(河出書房新社、旧版は1998年)です。
旧版に「暗殺者たち」発表後の文章を増補して再刊行したというかたちです。近代日本が、列島の外に出て行ったとき、そこにまつわる文学のことばのありようを、さまざまな局面から追いかけます。
たとえば、鴎外の「うた日記」のなかにほのめかされ、「鼠坂」で暗示されるような、現地の女性に対する陵辱にかんする言及が語られます。軍医部長として、鴎外は、いろいろなものを見ていたにちがいありません。脚気に関しては、自分の責任は自覚できなかったのかもしれませんが、こうした「事件」にかかわっては、彼もなにごとかをしなければならなかったのかもしれません。
そうした「闇」の部分をかかえこんだ記憶を、どのように受けとめていくのかが、現代に問われているのだと思います。