合流

孫文三民主義』(安藤彦太郎訳、岩波文庫、全2冊、1957年)です。
もともとは、1924年孫文が行なった連続講義がもとになっています。その意味では、最晩年(孫文が亡くなったのは1925年です)の思考でもあり、いわゆる第1次国共合作の時期のものであるので、中国の統一戦線的な発想のもとでもあるのでしょう。
ただ、民族主義民権主義のところはわかるのですが、民生主義のところは、マルクス主義とは違うのだということを強調したいという意図があらわになりすぎていて、かえって主張の根本がみえにくくなっています。
また、民族主義のところでも、朝鮮やベトナムを〈失った〉という言い方をしているところには、ちょっと大国主義的なところも感ぜられなくもないということもあります。
孫文の妻となった宋慶齢は1980年代まで生きていて、大陸に残った国民党の代表として、毛沢東(もうたくとうで変換できなかった)や周恩来(こちらは変換できた)の葬儀にも参列していた写真を見たことがあると思うと、時間の流れ方も、けっこう不均等なのかもしれません。