誇りをもつ

原恒子さんの『雪の坂道』(光陽出版社)です。
原さんは、若い頃に『現実と文学』に小説が掲載された(この作品集にも収録されている「列車の中で」という作品です)のですが、そのあと長い間商工団体の事務局の仕事をされて、そのあとでふたたび小説を書き始めたのです。
この作品集には、その時代の見聞も題材にしたのか、さまざまな中小の業者さんの生活を題材にした作品が収められています。
その中では、主人公の生活も境遇もさまざまなのですが、そこに通じているのは、人間は一所懸命に働くのが自然であり、にもかかわらず生活が成り立たないのは、社会のしくみのどこかにゆがみがあるのだという認識なのです。
表題作の「雪の坂道」は、中学3年生の主人公が、進路の面談にくる母親に対しての、複雑な感情を描いています。そのなかで、店に入って注文をしても、そのお金がないからとすぐに店を逃げ出す母親の姿が、主人公の感情にひびいてくるのです。
コンビニのフランチャイズ契約に翻弄される夫婦を描いた作品や、豆腐屋をやりながら自分たちの労働が経費に反映されない現実に対して批判を持つ作品、夫をなくした老婆が、ひとりで夫の残したうどん屋を天丼屋に衣替えしていく作品と、作者の視点は、そうしたこまごました生活の実態をさぐっていくのです。
ある意味では、勤労市民が厳しい条件におかれている中で、がんばっている現実を、描き出しているのだともいえるのでしょう。
それは、今後の日本を暗示するものともいえるのかもしれません。