記憶の重み

松永貞徳(1571−1653)の回想録『戴恩記』(岩波の日本古典文学大系所収)です。17世紀初頭の歌人俳諧師のひとですが、この記録で(口述筆記ではないかといわれています)で、自分の経験した和歌の伝授のことや、いろいろな考証がされています。
その巻末のエピソードは、1573年の織田信長足利義昭との争いで、京都が丸焼けになったときの話なのです。当時著者は数え3歳なので、自分の記憶としてはっきりしているわけではないのですが、親からくり返しこのときの兵乱の記憶を語られたようです。6歳をかしらに四人のこどもをつれて、彼の両親は都から北のほうへ逃れていったのですが、その途中に、細い橋を渡るときに、子どもの手をひいて、横向きになってやっとのことで渡ったのだという経験を、こどもたちはしょっちゅう聞かされていたのだというのです。
前に、「おあむ物語」について触れたことがありましたが、戦乱にまきこまれた記憶が、江戸時代の初期にはこうして語り伝えられ、今の平和の尊さを実感させる意味があったことは、忘れてはいけないことなのでしょう。少なくとも約250年、私たちの先祖は戦争をしなかったのですから。