美しさとは逆に

アンリ・バルビュスの『砲火』(岩波文庫田辺貞之助訳、1956年、原本は1916年)です。
著者の従軍体験をもとに書いた作品です。著者は、第一次世界大戦開戦時、すでに40歳を越していたというのですが、志願兵として従軍し、前線で戦いました。
戦争には、へんな言い方ですが、「目の前で人が死ぬ」ものと「テレビで見る」ものとがあるように思います。ある時期、「日本の戦争体験は被害者としてのものばかり」という言われ方をしたときもありますが、やっぱり、被害体験のほうが、「目の前で人が死ぬ」場合に近いように思います。
ここでも、兵士たちは、ドイツ軍と対峙しながら、日々の生活をしています。家族がドイツ軍に占領された地域に住んでいるので、ドイツ兵の服を着て潜入して家にいったところ、妻がドイツ軍の士官と仲良くしているのを見てしまって意気消沈する兵士の話は、戦争というものの、大義名分のなさを語っているようにも思えます。
こうした体験をもったことが、戦間期のフランスが、不戦条約の提唱をしたり、人民戦線政府をつくったりという、一時的ではあっても、戦争をなくす方向へと舵を切ろうとしたことは、忘れてはいけないのでしょう。著者自身も、大戦のあとは反戦平和のためにつくしたのです。
「テレビで見る」戦争であっても、「目の前で人が死ぬ」ものと同じような、想像力を喚起させて、考えていかなければいけないのでしょう。