萌芽

成澤栄寿さんの『『破戒』を歩く』(部落問題研究所)です。
この本は、全2冊の『島崎藤村『破戒』を歩く』の上巻にあたるものですが、「破戒」の作品世界にそって、作中の舞台を考証したり、主人公の造型を考えたりしています。
かつて中村光夫が『風俗小説論』のなかで、「破戒」は「蒲団」に負けたと断じてから、藤村はあまりきちんと考えられてこなかったのかも知れません。最近は、「夜明け前」が脚光を浴びていますが、成澤さんのこの本は、「破戒」を考え直すきっかけになるかもしれません。
主人公の告白は卑屈なものでもなく、アメリカにわたるのも逃亡ではないと、当時の資料などもつかって、著者は論証してゆくのです。
そう思ってみると、藤村のみていたものは、おもっていたより大きなものだったのかもしれません。彼が戦後まで生きて、文学活動をしていけたならば、どういう存在になっていたでしょう。