情があるから

『日本近代短篇小説選』(岩波文庫)の中から、明治篇1(2012年)です。
坪内逍遥(1889年)から広津柳浪(1902年)までの作品が収録されています。日本の近代小説が、社会のさまざまなゆがみを直視し、そこをえぐりだす作品を作り上げてきたことがわかる、作品選定であるといえるでしょう。
その中で、柳浪の「雨」は、降り続く雨が、人びとの暮らしを破壊する様子をえがきます。主人公の女性は、母親が情夫との生活を優先したため、八王子の料理屋に売られます。そこで知り合った男と所帯をもち、東京に戻ることができたのですが、母はそれを知って、しばしば無心に訪れます。夫婦は、さすがに邪慳にもできず、それなりに尽くそうとするのですが、それが使い込みという悲劇をまきおこすのです。
こうした「事件」は、いくらでもあったことでしょう。家族だとか、血のつながりだとかを、過大視すると、こうした事件に対して、「自己責任」で片づけることにもなるでしょう。そこをたちもどって考えることを、過去の作品は問いかけているのです。