順繰り

『群像』8月号に、古井由吉さんが、空襲体験を小説化した作品を書いています。古井さんは1937年うまれだというので、戦争が終わったときに8歳ということになるのでしょうか。
古井さんたちを、〈内向の世代〉と位置づけたのは、かれらより年長で、軍隊の体験もあった(はずの)小田切秀雄だったと記憶しています。その当時、1960年代には、かれらの作品は、そうしたものとして受けとめられたのでしょう。
けれども、たとえば後藤明生には植民地で過ごした少年期の経験があり、黒井千次には学童疎開の体験があり、古井由吉には空襲の記憶があると並べてみると、かれらが若かった頃には書けなかったことを、自分たちが年長者となってから書こうとしているようにもみえます。
それぞれの世代が、痛切な思いをもっている事件や社会とのかかわりを書くには、それなりの時間と、年長世代からの無意識の圧迫がなくなるような状況がうまれないといけないのかもしれません。そのためにも、長生きに留意することはたいせつなことでもあるのでしょうか。