一身にして

クリスタ・ヴォルフ『クリスタ・Tの追想』(藤本淳雄訳、河出書房新社、1971年、原著は1968年)です。
作者と同じ名前の「クリスタ」という女性を、友人が回想するという設定ですが、「クリスタ」さんは、1963年に35歳で亡くなったという設定になっています。また、語り手の女性の影が薄いのも、この作品の特色で、そういう点からも、作者と語り手と、対象の人物とが、ある種溶け合っているような印象がある作品です。
作者は1929年生まれということですから、幼少期のワイマール共和国時代、NSDAP政権の時代、DDRの時期、そして今の統一ドイツと、大きな時代を経験しています。ですので、彼女を作家に育てたDDRの体制への、微妙な感情も、この作品の、硬質な文章のなかに埋められているのでしょう。ブレヒトやゼーガース、エルンスト・ブロッホも、DDRのなかにいたわけですから、そうした意味での伝統の継承も、本当は必要なはずです。東西分断の象徴にされてしまったドイツですが、分断とつながりとの相克も、また検討されるべきことなのでしょう。たしか、東京オリンピックでは、統一ドイツ選手団だったはずですし。