西と東

土曜深夜というか、日曜早朝というか、NHK-BS2で映画『グッパイ・レーニン』をやっていて、以前ケーブルで見たことがあったので、ストーリーの展開の大筋は観ていたのだが、あらためて、観始めるとついつい最後までみてしまいました。
ベルリンの壁が打破されてからドイツ統一の頃の時代が舞台です。東ベルリンで教師をやっていた主人公の母親が、病気で倒れてずっと昏睡状態にあったので、眼を覚ましたときに、東の変貌を知らないのです。そこで主人公は、いろいろと手をつくして、母親に「まだドイツ民主共和国」が存在していると思い込ませる、という流れなのです。
その中の第一歩として、退院してくる母親を寝かせる部屋を、「東」の状態にするシーンがあったのですが、その中で、本棚を直す行動が出てきます。本のタイトルには当然字幕など出ないのですが、その中の一冊に、著者名が大きく映し出されていました。「アンナ・ゼーガース」と読めるものでした。
ゼーガース(1900−1983)は、ワイマール共和国の時代から活躍していたドイツの女性作家で、ナチス時代はフランスやアメリカに亡命し、戦後東ドイツにもどり、そのまま最期まで東ドイツの作家として生きた人です。日本でも、多くの作品が翻訳され、少し前までは、世界文学全集に誰かと組み合わせて1冊を得るのが当然視されていた作家です。
それだけ世界的にも有名な作家だけに、こうした場面での「東」の象徴として選ばれたというのもわからなくはないのですが、逆に、そういう扱いを今のドイツでは受けてしまうのかとも思うと、いささか複雑な気持ちはします。日本で翻訳され、各種文学全集に収められた彼女の作品は、戦前のものや亡命中のものが多いことも、そう感じさせる一因かもしれません。ナチス支配に反対する彼女の作品は、「東」のわくに収めるにはもったいないほど、もっと読まれていいものだと思っています。
なお、年譜や翻訳リストなどは、『アンナ・ゼーガースの文学世界』(三修社、1982年)に載っています。