伝統回帰

原田信男さんの『江戸の料理史』(中公新書、1989年)です。
江戸時代の料理に関する本を取り上げながら、そこに見える料理状況をとらえるものです。もちろん、そうした料理を楽しめる階層は、江戸のような都会に住んでいる一握りのひとたちだけで、地方のひとびとは、お伊勢参りにいって、だされた食事の献立を持ち帰って、村の衆たちに示すというのが、いわゆる〈ごちそう〉についての対応だったようです。いまでも旅館などで、食事の内容を紙に書いて、記念に持ち帰ってもらうことがありますが、昔からあったわけですね。
そうした、いわばグルメともいうべき状況は、19世紀初頭の、化政期にいちばん盛んだったようです。日本料理のいろいろな式法も、この時代に定まったようにみえます。しかし、いわゆる天保の改革で、諸事倹約を強いられる中で、だんだんと世の中にゆとりがなくなっていくようです。
ふっと、加藤周一が『羊の歌』で書いていた、横光利一が一高に来た時の話を思い出しました。横光は講演後の懇談の場で、回帰すべき日本を、〈化政の江戸〉と茶化した学生に対して激怒したというのです。でも、現実問題として、いわゆる和風の伝統が現在の形になったのは18世紀なかばから19世紀はじめにかけてなのですから、何をもって日本と考えるのかということなのでしょうね。