抑止力

井本三夫さんの『蟹工船から見た日本近代史』(新日本出版社)です。
日本の北洋漁業の歴史を、蟹工船という、ある意味きわめて特殊なシステムからみています。
タラバガニは、性質上、当時の冷凍技術では、海上で缶詰にしないと、商品として成立しません。ですから、蟹工船という方法が採られたのだといいます。もちろん、そこで働くひとたちに、缶詰の中身は口にできません(今でもタラバガニの缶詰は、ズワイガニより高価です)。
そういう中で、労働者への厳しい搾取が行われ、小林多喜二の作品にもつながったのです。
井本さんは、そうした歴史を丹念に追っていて、小説世界とは別の、実際の現場を垣間見るものになっています。
その中で、最大の悲劇が、1930年におきた、エトロフ丸での、虐殺事件だというのです。多喜二の作品が、ある程度は状況の改善に役立った側面もあったかもしれませんが、一方では、まだこうした悲惨な事件も起きています。暴力をふるった側にしてみれば、周りから何を書かれようとも、知ったことはないという感覚だったのでしょうか。そうだとしたら、さびしいものです。