裏返し

ポール・ラファルグ『怠ける権利』(田淵晋也訳、平凡社ライブラリー、2008年、親本は1972年)です。
もともとは、1880年に発表された表題論文に、似たような発想の文章をあわせたものです。ラファルグは、マルクスの娘婿にあたるフランスの革命家なのですが、この文章では、『他人のために労働する』こと自体を否定していて、マルクスエンゲルスの文章が与えるものとは違った、社会への反逆ぶりがみてとれます。
逆説的な表現を使って、剰余価値を資本家に吸い取られる〈労働〉などしなくてよい、というのも、ある意味では抵抗の形態として、意味をもつものでしょう。
けれども、前に、たしか佐原真さん(だったと思います)の文章でよんだのですが、石器から金属器へと道具が〈進歩〉したとき、パプアニューギニアのどこかの人たちは、その新鋭機器を使うことであまった時間を、昼寝を増やしたり、近隣の人びととの交流の時間を増やしたりしたのだそうです。それに対して、古代の倭人は、金属器で効率よく作業をして、〈あまった時間〉で、ますます開発を続けただろうというのです。そうでもなければ、倭地での、金属器の導入から国家の形成までの時間の〈短さ〉が説明がつかないというのだそうです。
そこに、ちがいがあるのかもしれません。〈仕事で職場の信頼を得る〉ということでも、一緒に遅くまで仕事をすることまで必要なのかという議論とも関係しそうな、難しさもからんできそうです。

きょうは、福永武彦没後、ちょうど30年の日だそうです。61歳とは、今から思うと若死ですね。