深読み

井波律子さんの『中国の五大小説』(岩波新書、全2冊)です。
三国志演義』『西遊記』『水滸伝』『金瓶梅』『紅楼夢』の五つの作品についての考察なのですが、内容の概説書としても、たぶん知らない人でも、わかりやすい入門になっているように見えます。それでも、井波さんの専門に近い、『三国志演義』についての記述がいちばん量的にも多いように見えます。

水滸伝』は、梁山泊に集結した星の生まれ変わりという108人の豪傑が、結局は朝廷に利用されてばらばらになってしまうのですが、そこには、頭領である宋江という人物が、なにかというと、〈招安〉という、朝廷への帰順を期待することへの、豪傑たちの不満が描かれています。当時の政治がよろしくないのは、君主に責任があるのではなく、君側の奸というべき人物たちが君主を操っているからだという、作品世界の設定があるからなのです。

そういえば、1975年ごろ、中国で〈水滸伝批判〉というキャンペーンがはられ、宋江を反逆精神を欠いた人物として批判する記事が『人民中国』誌(中国で発行されていた、日本語版の広報誌)にも、出ていたように思います。のちにこれは、周恩来を目標としたものだということになったようですが、たしかに、あの時代を無傷で通り過ぎた周恩来の生きかたには、宋江的なものもあったかもしれません。そういうことも考えながら読めるところに、作品の懐の深さもあるのかもしれません。


岩崎允胤さんが亡くなられたそうです。ギリシア哲学のほうはよくわかりませんが、晩年の日本思想史に関する研究には、教えられるところが多くありました。