過渡期

中西進・辰巳正明編『郷歌 注解と研究』(新典社、2008年)です。
〈郷歌〉(ひゃんが)というのは、韓国の古代、新羅時代にうたわれた歌謡で、13世紀に編纂された『三国遺事』という本に収められているのが多いようです。それは、まだハングルが発明される前なので、〈吏読〉と呼ばれる、当時の朝鮮語を漢字で表記する、日本の万葉がなのような表記で記録されています。ですので、歌の説明の部分は漢文で、歌そのものは吏読で、という日本では『古事記』でおこなわれたような表記法です。ただし、『古事記』のように全部が音を写した表記ではなく、『万葉集』のように、日本語でいう〈訓仮名〉のようなものも混ざっています。
中国という、圧倒的な漢字文化を前にして、朝鮮半島や日本列島の人たちが、自分たちのことばをどのように表記していくのかというところでの、いわば中間点ということになるのでしょうか。島の日本は漢字を崩したり、部分をとったりして「かな」を作り出したのに対して、地続きの朝鮮半島では、発音を分析してハングルを作ったという差も、文明との「距離」に対して、考えるところもあるようです。
さらには、アイヌの人たちが、なぜ文字を拒んだのかということも、本当は考えなければいけないのでしょう。ハングルもかなも、表音文字にくくられますから、どちらかを使って、アイヌ語を表記することは決して不可能ではありません。そこに、まだまだ未解明の問題があるようにも思えます。