俗に沈む

長部日出雄さんの『未完反語派』(福武文庫、1986年、親本は1982年)です。
構造が複雑な作品で、1930年代を生きたひとりのインテリが、建部綾足の生涯に題材をとった小説を書こうと志していて、その「小説」と彼の「日記」とがない交ぜとなって作品が進みます。さらに、その「小説」と「日記」そのものも、彼の息子が父親の没後両方とも発見したものということになっていて、その息子の視点も混ざっているのです。
建部綾足(たけべ・あやたり、1719−1774)というのは、実在の江戸時代の文人なのですが、この小説の主人公の書く「小説」の限りでは、ちっとも立派な人物には見えません。もちろん、それは長部さんの「仕掛け」なので、そうしたところから主人公の俗物性をえぐろうというのです。そこに、1930年代という、戦争に傾斜していく時代のなかの、ひとりの「インテリ」の流されぶりを批評しようという意図があるのです。