谷間

野間宏『志津子の行方』(河出新書、1955年7刷、初版は不詳)です。
野間が『人民文学』にかかわっていたころの作品集でしょう。旺文社文庫の年譜では、この本の収録作品では、「硝子」と「雪の下の声が……」が載っていて、いずれも1950年代初頭の作品でしたから、そのへんでまちがいないところでしょう。
レッドパージやら、講和条約と安保やら、「血のメーデー事件」とか、そうした時代の、「いま」にきりこんだ作品だといえます。同じころに書いていた『真空地帯』が戦時中の軍隊を舞台にしたものであるのに対して、これらの作品は、1950年代の厳しさをえぐろうとしているようです。
もちろん、そこには安易な「救い」はありません。でも、その中に、現実に立ち向かう人間をみつめる作者の目はあります。

ただ、人民文学』で生み出した新しい作家は、せいぜい足柄定之さんくらいでしかなかったことは注意する必要があるでしょう。松田解子さんや、岩倉政治さんや、金親清さんとか、『人民文学』に書いた人たちは、ほとんどがそれ以前から書いていた人たちなのですから。
同じころに、霜多さんや窪田さんなどは、新しい書き手として登場していたのですから。

『人民文学』を政治的な打撃の場として利用しようとした人たちは批判されてしかるべきだと思うのですが、そこに書かれたものすべてを全否定するのは、また違うとは思います。
(補訂しました)