落差

しばらく前に書いた「佳人之奇遇」の続きです。
岩波の新日本古典文学大系明治篇で、注釈がつけられている、巻十までたどりつきました。主人公の東海散士が、アメリカから帰国して、朝鮮の志士金玉均と対話をして、朝鮮が独立するには清に頼るのではなく、日本がアジアの盟主にならなければならないという主張を展開していきます。そして、谷干城の副官として、ヨーロッパに旅立つところまでが、内容です。
実在の人物が登場したりするようになって、最初のほうの、女性たちとの邂逅からの展開からすると、ずいぶんと生硬になったような印象があります。それは、アジア情勢ともなると、日本が盟主とならなければいけないという、作者の主張がなまで出てくることも関係します。その点で、小説としてのおもしろさはだんだんと薄れてくることになるのでしょう。じっさい、朝鮮の支配をめぐって日清戦争が起きるわけですから、そうした歴史の進みゆきをある意味予言しているともいえるのかもしれません。作者が金玉均と話をして、アメリカで「亡国」の人たちと会っていたし、自分も会津という「亡国」の人間だというと、金さんが、『自分を亡国の仲間に入れないでくれ』と抗議するというのは、作者の筆が滑ったか、それとも潤色でしょうか。

注釈で気になったところ。478ページに「精兵ヲ抜キ行ヲ倍シ」とある本文に、「優れた兵士を選び員数を増やし」とあるのが、どうも解せません。「行ヲ倍シ」そのものではないけれど、「日を倍する」とか、「道を倍する」とか使うと、「日程を半分にするほどの速さで移動する」という意味で使うのが、漢文訓読では一般的です。ここでも、相手の準備がととのわないうちに先手をとって攻撃せよという主張の中なので、「通常の倍の速さで」というふうに解釈すべきではないでしょうか。