割り切れないもの

ヤノーホという人の書いた、『ハシェクの生涯』(土肥美夫訳、みすず書房、1970年、原著は1966年)です。
チェコの生んだ作家、ヤロスラフ・ハシェクの伝記です。ハシェクの書いた、『兵士シュヴェイクの冒険』(日本では栗栖継さんの訳で岩波文庫にあります)が有名です。第一次世界大戦の時期の、プラハに住んでいた男を主人公にして、当時のオーストリア=ハンガリー帝国を鋭く風刺した作品ですが、その作者です。
同じ時期に、プラハの町では、フランツ・カフカがドイツ語で作品を書いていたのですが、ハシェクチェコ語で書いていて、そのために当時から有名であったといいます。
しかし、第一次大戦後のチェコスロヴァキアは、共和国にはなりましたが、その中での反共的な傾向はあって、ロシアで捕虜になって、ポルシェヴィキと関係をもっていたハシェクは、必ずしも住みよい時代ではなかったようです。
宮本百合子の『道標』のなかで、主人公たちがモスクワを出て、ワルシャワに宿泊したときに、白いパンに〈ヨーロッパ〉を感じ、わかるはずのロシア語を全くホテルの従業員が話さないところに、ポーランドの人たちの意識をみるという場面がありますが、チェコスロヴァキアにもそういうところがあるようです。
ハシェクの作品に、「靴の埃を打ち払い」という、戦争が終わってロシアから帰国するときの話を書いたものがあるのですが、(岩波文庫の「シュヴェイク」の第4巻に併録されています)ここにも、ソヴィエトロシアという、新しい(そのころは)体制にとまどっている人たちが出てきます。
オルブラフトの『プロレタリア・アンナ』(邦訳は新日本出版社から1967年に出ました)のように、当時のチェコブルジョワ国家とみなすようにはいかないようです。
チェコはご存知のように、ナチスドイツによって第二次大戦が始まる前に国家が消滅してしまったのですし、そのときに英仏が手を貸したようにみえることもあって、悲劇の国としてみられることが多いのですが、そうは単純でもないということでしょうか。