よくぞ残った

三浦佑之さんの『風土記の世界』(岩波新書、2016年)です。
著者は、風土記は『日本書』の地理志的な意図をもって各国に作成させたという立場に立っているようです。本来、正史としての体裁を整えるべき『日本書』の本紀部分が現行の『日本書紀』にあたり、散佚した〈系図〉が表にあたり、いろいろな文献に散らばっているのが列伝にあたっていて、というふうに考えると、風土記は地理志になるというのです。
その観点から、現存五風土記の考察にはいるのですが、ややはり中心になるのは常陸と出雲になります。いずれも、やまと中心とは必ずしもいえない部分をもった地域ですから、伝承そのものが興味深いものでもあるということなのでしょう。歌垣で出会った男女が松になってしまう説話も、通婚圏という概念で解き明かすと、納得がいくというのも、わかります。
61国と3島すべてが残っていないのは(ひょっとすると、実際に作らせたら異端のものばかりで棄てられたのかもしれませんが)残念ですが、現存のこれだけでもおもしろいのだというところでしょうか。