実のなかの虚

西野辰吉『東方の人』(東風社、1966年)です。
1960年代前半に『文化評論』に載せた連作長編で、大逆事件の被告とされた奥宮健之と、その周辺の人びとを描いています。日本の韓国併合にいたる朝鮮半島への進出の状況や、その中で生きるひとを描くという野心的な作品ではあるのですが、出てくる人物のどこまでが実の世界の住人で、どこからが虚の世界にいるのかが、この時代の状況がわからないとすっきりしない、というのが読みづらさを生んでいるようです。幸徳秋水だの片山潜だのという有名人ならまだいいのですが。なじみのない時代だからこそ、そのへんの処理は慎重にしてほしかったようにも思えます。