ねらった混同

桶谷秀昭さんの『人間を磨く』(新潮新書、2007年)です。
武道関係の雑誌に連載したエッセイをまとめたもののようで、現今の風潮を憂える志士としての著者の感覚は読み取ることができます。
そのなかで、中野重治の「村の家」を引いて、そこに描かれた主人公の父親像への共感を述べているのですが、もちろんこれは中野の本当の父親像ではありません。中野の父親は、勤め人であり、中野自身も、平塚だか秦野だかで幼年期を過ごしているので、決して父親自身の感覚を、伝統的な農民のものとして安易に結びつけることはできません。中野自身も、そこをあいまいにしているのは、のちの「むらぎも」や「梨の花」でも、ずっと主人公が越前で育ったような感じにしていることからもみえてきます。そのあたりのことは、今後の読み取りをきちんとしていくことが必要なのでしょう。