積み重ね

松本徹さんの『師直の恋』(邑書林、2001年)です。
松本さんは、古典の舞台を現代にたどり直して、そこに通ずるものを発見するエッセイをたくさん書いているのですが、これもその一つです。
仮名手本忠臣蔵」といえば、赤穂浪士の討ち入りに材をとった作品として有名ですが、当時は、江戸幕府を直接登場させるような作品は当局から認められなかったので、鎌倉や室町の幕府を舞台にして、過去の話だということにしてすり抜けています。忠臣蔵もそれに属するので、時代は足利幕府の創立期、吉良上野介高師直(吉良家は「高家」と呼ばれていました)ですし、浅野内匠頭は塩冶判官(赤穂は塩の産地ですから)に当てはめられていて、『太平記』にあった、師直が判官の妻に横恋慕して、そのために塩冶家が滅ばされるというわくを使って、赤穂浪士の話に当てはめています。
松本さんは、その師直と塩冶とのいきさつをたどる旅に出ます。塩冶判官と妻子が京を逃れ、本貫の出雲に向かう道筋をたどり、妻子が亡くなった播磨を訪れます。そこには、判官の妻を偲ぶ寺があり、文章が書かれた20世紀末の今も供養が続いているとのこと。
そこにたどりつくいきさつが読みどころではあるのですが、そうした伝承が、何百年も続いているのが、この国なのだということを踏まえて、変えるべきものは何かを考えなければならないのでしょう。世の中を変えるとは、そういうことの積み重ねなのかもしれません。