いわしの頭も

宮田登『江戸のはやり神』(ちくま学芸文庫、1993年、親本は1972年)です。
江戸時代の、なんだかよくわからないようなものに、人びとが厄除けなどの信仰対象としていったという実例を収集して、その意味を考察しています。
日本には、絶対的な唯一神のような存在が希薄なので、きちんとした理論ではなく、ご利益のあるものに頼るということになるのでしょう。それは、つくも神のように、年を経た器物が神様になるように、ある種のアニミズムともかかわるのかもしれません。

小泉チルドレンからはじまる、ころころと変わる〈若手〉のひとたちも、実際は同じ思考風土からうまれてくるのでしょうか。ただ、閻魔さまにこんにゃくをお供えしても、だれも傷つかないのですが、〈若手〉のひとたちに〈お供え〉をしたら、とりかえしのつかないことがおきるような不安があります。