時間との勝負

森まゆみさんの『明治東京畸人傳』(新潮社、1996年)です。
谷中・根津・千駄木を本拠とした森さんの、この地にかかわりのあるいろいろな人のことが記されています。
中学・高校と西日暮里の学校にかよったので、この土地にもまったくなじみがないわけではないので、出てくる地名には、ここはどうだったとか、あそこはこんなふうだったのかとも考えて、震災と戦災を経た後の町の変化も考えてしまいます。変化の中には、1957年に焼失した谷中天王寺五重塔の話もあり、寛永寺と並んでいたらどんな景観だったろうかとも、消えてしまったものを見てみたくもあります。
紹介される人物には、宮本百合子にピアノを教え、ヨーロッパ進出をめざしたが挫折、かの地で死を選んだ久野久子の話など、いろいろな人がこの土地にかかわりをもったのだと、思うのですが、この時期にはまだ直接さまざまなひとからの証言で過去が語れたのだと思います。いまや、明治生まれの人がすべて100歳になろうとするのですから、この本で明治期の証言をされた方の中にも、すでに鬼籍に入られた方も多いことでしょう。
聞くべきときにきちんと聞いておかないと、忘れ去られてしまうことが、いろいろな分野であるにちがいありません。それをきちんとまとめる必要性を、忘れてはいけないのでしょう。