肯定感

武者小路実篤『わしも知らない』(岩波文庫、1953年)です。
著者の大正時代の一幕物の戯曲集です。これに注目したのは、たしか共同印刷の争議(徳永直の『太陽のない街』のモデルとなった争議です)のときに、争議団の慰問に、〈トランク劇場〉が訪れたときの演目のひとつに、この文庫本に収められている「或る日の一休」があったと、どこかで(『昭和史の瞬間』だったように記憶していますが)読んだことがあったためでした。
この作品は、一休さんが、「本当に餓えたときには盗みをしてもよい」というかたちで、既存の偽善的な〈道徳〉への反逆をあらわにした作品なのです。これに目をつけたとは、当時のプロレタリア演劇の人の視野を感じたものです。
そういう意味での、武者小路の世間に対するみかたは、考えるところがありそうです。宮本百合子の『貧しき人々の群』の〈序〉に引かれた詩句も、武者小路のものですし。