先読み

木山捷平『大陸の細道』(講談社文芸文庫、1990年、原本は1962年)です。
1944年の12月、主人公の作家、〈木川正介〉は、満洲の新京に、就職のために赴任します。そこから、翌年の8月までのことを書いた作品です。作者と主人公は重なると見てよいでしょう。40を過ぎた主人公は、妻子を内地に残し、単身で満洲に赴任します。そこで、支配階級の側のひとりとして、そこそこの生活を送っていました。しかし、8月のソビエト軍の侵攻で様相は一変します。彼は召集され、ビール瓶を持参して出頭せよと命ぜられます。入隊すると、そのビール瓶は爆薬をつめこんでソ連軍の戦車に突っ込むためのものだと知らされ、連日戦車に体当たりする訓練をさせられます。その間に、長春のまちは中国人のまちに戻り、日本人は居場所がなくなってゆくのです。
わざわざそんな時期に満洲まで行かなくてもと、後知恵はつけられるでしょう。けれども、南方は危ないとなっても、〈中立〉のソ連とはなんとかできると、考えていたのでしょうか。厳しい状況なればこそ、先を読んだ行動が必要になってくるでしょう。ただ、作家としては、そうした厳しさの中から作品がうまれることもあるので、単純にはいかないのですが。