国籍のない

葉山英之さんの『「満洲文学論」断章』(三交社)です。
満洲〉にかかわった文学者の紹介という流れの本で、漱石の『満韓ところどころ』のような、旅行者の視点のものから、東北地域で文学活動を余儀なくされた中国の人びと、日本から渡ってきた人たち、さらには白系ロシア作家、バイコフのようなところまで、視野を広げようとしています。
もちろん、個々の掘り下げなど、課題はあるでしょうし、先行研究の孫引きでおわっているところもあるのは、当時の資料そのものが、(日本人の引き揚げの際には、印刷物は持ち出せなかったと聞いています)湮滅しかかっていることもあるでしょう。
そのなかで、衝撃的だったのは、朝鮮出身で、〈満洲〉で日本語作品を書いていたある作家が、日本の敗戦で行き場をうしなってしまった、ということです。
満洲国〉には、国籍法がなく、それぞれの出自でしかないという、奇妙な存在(そうしなければ、大和民族を優位におく基準が存在しないのですから)だったことは、もっと考えなければならないことなのでしょう。引き揚げ体験をもつ作家、漫画家(赤塚不二夫も、ちばてつやも)が多いことは、よく知られているとは思いますが、その状況を生んだひとつが、国籍問題でもあったのかもしれません。