連続と切断

ケネス・ルオフ著『紀元二千六百年』(木村剛久訳、朝日選書、2010年、原著も同年)です。
1940年の日本の、観光ブームや消費意欲について、同時代の出版物などを利用して研究されたものです。
その後の歴史の歩みが、日本を壊滅的な状況にしていったため、それ以前の歴史が、一路逼迫に陥っていくという観点から見られることに対して、1940年まではそうではなかったことを、示そうとしているのでしょう。たしかに、橿原神宮整備のために、全国からひとびとが呼び集められ勤労奉仕をした、ということも、ある側面では、故郷を離れた『旅行』の一種であったという指摘は、まとはずれとはいえません。伊勢神宮参拝のような名目がつけば、旅行も許されるのも、日本社会の一面ではあるでしょう。1940年には、甲子園大会も春夏ともに開催されていたのですし。
そのための動機付けが、錬成であったり、日本が神話的伝統にもとづく国家であるというような、戦時体制を推進する方向で組織されていったことは、見落とすことはできません。なにをもってひとりひとりが目的意識をもつようになるのか、『がんばろう日本』だけでいいのかということは、問われなければなりません。そういうことも、考えさせられます。