置き換え

河出の世界文学全集『短篇コレクション2』(2010年)から。
フランス作家、レーモン・クノーの「トロイの馬」(塩塚秀一郎訳)という作品があります。とあるバーで、男女が話をしていると、そこで飲んでいた馬が割り込んでくる。最初は迷惑がっていた男女に対して、馬はいろいろと相手に気に入られようと話しかけます。それで、男女も、少し打ち解けて、馬が3杯注文したお酒をいただこうとします。
ところが、自分がいくつに見えるかという馬の問いかけに対して、女が「四十歳かしら」というと、男が「そんな歳なら、馬はくたばっちまうよ」といったとたん、馬の態度は変わります。注文したお酒を男女には渡さず、自分で飲んでしまうのです。男女はそっと、店を出ます。
それだけの話ですが、ちょっとしたことばにこもる差別意識を描き出した作品として考えると、〈馬〉はさまざまな存在を暗示していることになります。こうした方法で、世界を切り取ることもできるのだと、いうことです。
そういう意味で、とても悲しい話です。