夜中

ドイツの作家、ボルヒェルト(1921-1947)の『たんぽぽ』(鈴木芳子訳、未知谷、2010年)です。
ハインリヒ・ベルと同様に、戦後のドイツ文学を担うと期待されていたのですが、戦後まもなく亡くなったということです。
その彼の残した作品ですが、戦争がドイツにもたらしたものを、日本とはまたちがった形で追求しているといってよいのでしょう。
「パン」という作品では、午前2時半に台所におりて、貴重なパンをかじってしまう63歳の夫への、妻の心配りが描かれます。食欲に耐えかねてパンを食べてしまいながら、それをひたかくす夫、それに気づいても夫を責めない妻。そこに、戦後ドイツの一つの形はあったのでしょう。また、「キッチンの時計」では、空襲にあって壊滅した我が家から、2時半を指してとまったままの時計を掘り出す男を登場させ、かつて、彼が午前2時半に帰宅したときに、食事をつくってくれた母親の存在を浮き彫りにして、戦争の奪ったものをあきらかにします。
丑三つ時というと、なにやらおどろおどろしく聞こえますが、その時間をベースにして作品が成立しているというのは、夜中のはたらきなのかもしれません。