萌芽

『金子洋文短編小説選』(冬至書房、2009年)です。
金子洋文(1894-1985)は、1920年代のプロレタリア文学運動の先駆的な雑誌『種蒔く人』の中心人物の一人で、その後は『文芸戦線』に拠って活動されたひとです。
この作品集は、かれの1920年代の作品を中心に収録していて、それは彼の故郷の秋田を舞台にしたものが多いのです。読んでいくと、やはり1920年代の作品だとわかるようなことばづかいがされていて、当時の〈初期プロレタリア文学〉の代表なのももっともだという感じがします。題材的にも、近代的な工場などはほとんど出てこない、かれが育った港町の生活などが中心的に描かれます。
著者は、1980年代に出された『日本プロレタリア文学集』(新日本出版社)のシリーズに作品を収録することを拒否したので、こうした形で作品がまとめられるのは、ともかくよいことではあるでしょう。

その中に、いくつか俘虜に対して、当時のひとびとが侮蔑的な目でみていたことが描かれる作品があります。時期的にいって日露戦争でしょう。秋田にも収容所があったのでしょうか。当時の日本軍自体は、俘虜にたいしてそれなりの待遇をしていたのでしょうが、民衆レベルでは、けっこう排外的な感覚で、『捕虜になるから負けるんだ』のような捉えかたが、このときすでに、けっこう浸透していたのですね。根づいているものを変えてゆくのは、大変なことです。