出処進退

手塚治虫『漫画の奥義』(光文社知恵の森文庫、2007年、親本は1992年)です。
石子順さんを聞き手とするインタビュー(初出掲載誌はもちろん手塚生前のものです)を没後まとめたものですが、手塚の子どもの頃からの漫画史にもなっているという、けっこう奥が深いものです。
そのなかで、戦時下の漫画家の生き方を、手塚自身がまとめているところがあるのです。(文庫本p147あたりから)それによると、積極的に国策に協力した人たち、内心はいろいろあっても状況に順応してじぶんをごまかしていた人たち、信念をもって意に反するものは描かなかった人たち、と分けられるだろうというのです。
ただ、手塚自身は、この第三のグループにいる人たちが、戦時下筆を取らなかったことに対して、〈とにかく描くべきじゃなかったか〉という問いかけをしていることは注目すべきかもしれません。紙芝居をつくってひそかに近所の子どもたちに見せるとかの描きながらの抵抗もできたのではないかと、いいます。
文学の世界でも、永井荷風は作品を発表せずに隠しておき、いいたいことは日記のなかで吐露していたとか、そういうケースもありますし、一概にはいえないのでしょうが、そのあたりの難しさはあるでしょう。
昔、窪川鶴次郎が、〈「雨が降っている」とは書けなくても、「傘を持っていったほうがいい」と書くことでわからせることはできる〉というようなことを言っていたと、誰かから聞いたおぼえがあります。こうでなければということはないのでしょう。もちろん、〈雨を降らせる〉ことを見過ごさないための動きがまずあってのことですが。