言いっぱなし

『図書』8月号の復本一郎さんの文章で、正岡子規中江兆民の『一年有半』を批判していて、それは兆民が短歌や俳句をその中でコケにしていたからだろうという部分がありました。
たしかに、『一年有半』には、けっこう無責任な発言もあって、当時の相撲に関しても、2,3年負けない力士になってはじめて横綱を免許すべきだというような、けっこう乱暴なことを言っているのも思い出しました。19世紀の相撲には、今よりも勝負の規定がゆるく、両者組み合って動かないとすぐに〈引分〉、もつれた相撲で物言いがつくとすぐに〈預り〉(ビデオのない時代だからしょうがないですが)と、上位の力士が簡単に〈負けない〉システムがあったので、兆民の意見も、素人のものとしてはわからないでもないのですが。
ついでに思い出したことですが、岩波文庫版の84ページで、兆民が自分がかつて見た力士をあげて、「陣幕、鬼面山、雷電境川」といっているところがあるのですが、そこの注で、〈雷電〉だけを、兆民の時代の〈雷電震右衛門〉という力士ではなく、江戸時代の〈雷電為右衛門〉と勘違いした記述があるのです。1995年の文庫初版はそうなっているのですが、重版時に訂正されたのでしょうか。

復本さんは、幸徳秋水の『兆民先生』(1902年)も引いて、兆民が坂本龍馬からタバコを買ってこいといわれるとすぐに使いにいった(岩波文庫版では8ページ)話を紹介して、そのとき、坂本龍馬は梅毒にかかっていたということも引いています。そんなのドラマでは紹介しないでしょうけれど。