虚業の基盤

岡村民夫さんの『イーハトーブ温泉学』(みすず書房、2008年)です。
宮沢賢治と、花巻近郊の温泉開発とのかかわりを探求したもので、地元の名家としての宮沢一族と、業界とのつながりが興味をひきます。
1920年代、花巻郊外に開かれた花巻温泉は、家族連れでいける温泉リゾートを目指します。外国人観光客を誘致しようとしたり、温泉の熱を利用した温室やプールを作ろうとしたりします、貸し別荘まで作ろうというので、まるで今の箱根小涌園のような感じでしょうか。動物園ではヒグマも飼育していたそうです。その過程で、宮沢賢治は、温泉の花壇の設計をするのです。
けれども、周知のように、1920年代後半から30年代初頭にかけては、東北地方は冷害にみまわれたり、世界恐慌の影響をうけたりと、観光どころではないような時期が続きます。また、温泉を訪れる観光客も、旧態依然たる温泉を求めたようで、最初は芸者などを入れない方針だったのが、結局はそうした女性をいれざるを得なくなります。
観光業がなりたつには、やはり経済の安定と、平和とが絶対的に必要なのでしょう。そこが戦前の日本には、欠けていたようにもおもえます。先端部分はモダニズムでも、その背後の闇を見落とすことはできません。