荒れ

井上ひさしさんの単行本未収録だった作品『一週間』(新潮社、初出は2000年から2006年にかけて断続的に『小説新潮』誌に掲載)です。
シベリア抑留中の元非合法活動家だった小松という人物が、ふとしたきっかけからレーニンの手紙なるものを入手します。そこには、民族自決が社会変革に優先するという意識が、自分もロシア帝国のなかの少数民族の血が流れているという自覚のもとにつづられています。
ところが、その手紙が公表されると困る当局は、あの手この手をつかい、彼から手紙を没収しようとするのです。
ここで、この手紙をとり引き材料に使おうとする主人公は、レーニン神格化への批判と、レーニンが権力をとった直後に民族問題を後景においやったことへの批判の意識をもっています。この時期のレーニンには、不破哲三さんのいう〈荒れ〉の時期で、『国家と革命』での権力問題であったり、〈プロレタリアートのディクタツーラ〉をめぐっての強力の使い方の問題であったり、憲法制定議会の解散の問題であったりと、いろいろなことが続いた時期です。そういう中で、この作品に描かれたような状況が生まれたこともあったでしょう。
ただ、作品としては、小松がシベリアに送られるきっかけが、党組織を壊滅させた〈スパイM〉が満洲にわたったという風説を聞き、それを確かめるために満洲に住み着き、日本の敗戦のときに満洲にいたことなのですが、そうした筋からの追及が作品が進むにつれて薄くなっていくことが、作品の流れを一面的にしているようです。そのため、〈スパイM〉が、ソ連で教育を受けていたあとでスパイとして変節していったことと、ソ連体制とのかかわりをどうみていくのかという、けっこうシニカルになりそうな問題が宙に浮いてしまっている感も否めません。その点では、不十分な、未消化の部分を多く残しているようにみえます。井上さん自身にも、解決のむずかしい問題だったのかもしれません。