一面化

大仏次郎『帰郷』(旺文社文庫、1966年、初出は1948年、『毎日新聞』連載)です。著者の姓ですが、新字体で書きますのでご了解を。
海軍軍人の守屋恭吾は、公金費消の容疑で海軍をやめ、外国に出て行ったのですが、戦時中にマラッカの華僑の社会のなかにまぎれていたのを日本人女性に密告され、憲兵隊に捕らえられます。日本の敗戦後、釈放された守屋は、日本に戻り、外国に出るとき別れたきりの娘、伴子と再会します。しかし日本の現実は、彼を満足させません。彼は再び外国へと向かうのです。
基本的に、作者のスタンスは、戦後の日本のうわついた雰囲気への批判と、それと対比させる形で京都の古い風物の大切さを述べるところにあるのでしょう。金閣寺(放火される前ですね)で父娘の対面がされる場面での、風物への関心など、60年以上経った今との対比としても、けっこう大切なものではあるでしょう。
でも、それは逆に、戦時中に登場人物たちがしていたことへの批評が甘くなる危険も兼ね備えています。また、戦後の新しい事態のなかにあった、再出発への息吹も、あえて作者は書こうとはしていません。その点では、この作品だけで、戦後を語るのは、冒険になるでしょう。林芙美子の『うず潮』もほぼ同時期に新聞連載されたようですが、林芙美子との比較という視点も、今後必要になってくるでしょう。やはり戦時中のできごとをひきずって戦後を生きる人々が登場するわけですから。