自己確認

三木卓さんの『ほろびた国の旅』(角川文庫、1976年、親本は1969年)です。
主人公は、大学浪人中の青年、ある日、図書館で、かつて自分が奉天に住んでいたときに近くにいたおとなが、カウンターにいるのを発見します。そして、彼がもっていた、『五族協和の夕べ』の招待切符を取ろうとして取っ組み合いになり、二人は1943年の大連の町にすべりおちてしまいます。大連にも主人公は少年時代に住んでいたのでした。
そこで彼が見たのは、偉そうにしてほかの民族を見下す日本人の姿だったのです。それは、主人公も例外ではありません。当時住んでいた家のところに行き、当時の自分が病気で寝ているのを、家の外から主人公は眺めます。軍国少年だった自分、〈満人〉にいわれのない偏見をもっている自分。それを確認して、主人公はその場を離れるのです。
そんな子どもをつくったのはいったい何なのか。そして、彼だけでない、そうした子どもたちは、多くがソ連軍の侵攻から後の混乱の中で命を落としてしまいます。そうした事態をうんだ、おとなとはどういうものか、主人公は、新聞記者をしている当時の父親と会って、議論をします。彼はいいます。「あなたは、『人殺しの学校へ行くのはやめろ』といったことはありましたか」と、問いかけるのです。
ノスタルジックに〈満洲〉を語ることのうさんくささを、見逃すことはできないのでしょう。