構想力

ポール・ニザン『アントワーヌ・ブロワイエ』(花輪莞爾訳、角川文庫、1972年、原本は1933年)です。
作者の父親の生涯を題材にして、鉄道技術者がだんだんと昇進してゆくなかで、ブルジョワ世界に入っていき、仕事上の〈ミス〉から閑職に追いやられるという流れを描くことで、19世紀末から世界大戦時代までのフランス社会の実態を描くことを心がけた作品です。
たぶん、日本以上に身分格差が激しい社会なのでしょう。労働者が出世することが、まったくちがった世界への扉をひらいてゆくのです。そうした意味での、社会は描けていますし、世界大戦直前の、〈平和〉な姿がくずれてゆくさまも、リアルです。
けれども、主人公の晩年は、どうもうまくありません。何かつくりごとめいていて、人物像がうまく結ばないのです。作者は当時まだ30歳になっていませんから、老年を書くのには、若干無理があったのかもしれません。そこが、この作品の、若書きたるゆえんなのでしょう。